2019/07/07

憲法の基礎知識~君主主権から国民主権へ【宮澤俊義 vs. 金森徳次郎】(その3)

前回の続きです。

宮澤議員はここまで(1~4問目)の質疑で、今後の日本の国家制度が天皇(君主)主権から国民主権へと大転換することを、ポツダム宣言や憲法改正案(現在の日本国憲法)の条文に即して確認してきました。

今回見る第5問目では、新憲法によって採用される「国民主権主義」は、戦前の法体系の下にあっては断じて許されざるものとされた「国体の変革」に当たるものだとの論点が提起されます。


5、国民主権主義の承認を核心とする新憲法は、従来の国法上は「国体の変革」にあたる

ところでこの「国体」という語は、論者によって定義がまちまちなまま用いられていました。

宮澤氏はその混迷を一掃すべく、
問題と私が致しますのは、……従来……国法上、国体とせられて来たものが変つたかどうかと云ふこと
だと論点を整理するところから始めます。

―――――
〇宮澤俊義君 ……次に第五点であります、国民主権主義の承認を核心とする新憲法は、国体にどう云ふ影響を与へるかと云ふことであります、此の点は只今板倉議員から詳細に御尋がありましたが、私も稍稍違つた角度から簡単に御伺ひしたいと思ひます、国民主権主義を核心とする新憲法が国体にどう云ふ影響を及したかと云ふことは、衆議院で多いに論議せられた所であります、金森国務大臣は、只今此の壇で仰しやつたやうな意味に国体と云ふ言葉を理解せられ、其の意味の国体は此の憲法改正に依つて少しも変つて居ないと説明して居られます、此の説明は、先程の板倉議員の御言葉通りに私も賛成致します、併し此処で問題と私が致しますのは、さう云ふ意味の国体でなくして、従来私が国法上、国体とせられて来たものが変つたかどうかと云ふことであります、国体と云ふ言葉が学者に依つてどう用ひられて来たか、或はそれは正しくは寧ろ政体として呼ばるべきではなかつたかと云ふやうな問題は暫く別と致します、茲では成文法に依り、或は政府に依り、公式に、公に用ひられた国体の概念を問題と致します、
―――――

続いて宮澤議員は、「国体の変革」を処罰した悪名高い「治安維持法」の条文解釈を援用。
従来の「国体」とは、すなわち
万世一系の天皇が君臨し、統治権を総攬
する体制のこと。
これが新憲法の国民主権主義の承認によって影響を受けるのか否かが肝心なのだと、ことの核心を直撃します。

―――――
〇宮澤俊義君 ……国体と云ふ言葉が成文法に現れましたのは、恐らく治安維持法が最初でありませう、処で治安維持法に所謂国体とは何を意味するかに付て、丁度今朝程の朝日新聞に出て居りましたやうに、大審院は斯う説明して居ります、「我が帝国は万世一系の天皇君臨し統治権を総攬し給ふことを以て其の国体となし、治安維持法の所謂国体の意味も亦斯くの如く解すべきものとす」さうして此の解釈は恐らく我が成文法上の国体概念の説明として多くの人の賛成する所であらうと思ひます、尤も大審院の判例の中にも多少是と違つたのもございまして、例へば朝鮮の独立運動などを致しましたことを以て、治安維持法第一条の国体の変革に該当すると云ふことを引用した、解釈と判例もあります、さうして有力な学説として之を支持する者もありますが、是は恐らく多数の人の賛成は得て居ないと思ひますから、別と致しまして、只今言ひましたやうな国体、金森国務大臣の仰しやるやうな国体ではなくて、従来我が国が治安維持法に依つて、其の変革を厳禁しようとした所の国体、即ち万世一系の天皇が君臨し、統治権を総攬し給ふとする原理は、国民主権主義を核心とする新憲法に依つて、果してどう云ふ影響を受けるでありませうか、是が問題であります、
―――――

さらに宮澤氏は、これまでの政府答弁を検討。

政府は言葉の上では新憲法によって国体が変革されることをかたくなに否定した一方で、天皇が「統治権の総攬者」の地位を失うことは認めていました。
このように天皇の地位が変わることは、国法上の意味での「国体の変革」に当たることは明らかではないかと問いかけます。

―――――
〇宮澤俊義君 ……金森国務大臣は新憲法の下では、天皇は統治権の総攬者たる地位は持つて居られないと言つて居られます、従つて私が此処で申すやうな意味の国体は、新憲法に依つて変つて居ると云ふことを、承認していらつしやることと思ひます、(拍手)衆議院での金森大臣の御答弁の中でも、勿論国体が変つたと云ふ御言葉はありませぬが、さう云ふ趣旨は明瞭に読み取ることが出来ると思ふのでありますが、どうでありませうか、
―――――

ところで、なぜ日本政府はここまで頑迷に新憲法による「国体の変革」を認めたがらないのか?

その背景には、政府が「ポツダム宣言」受諾に際し、あくまで「国体護持」に執念を燃やしていたという事情がありました。

しかし、「ポツダム宣言」受諾時にどのような経緯があったにせよ、新憲法で国民主権主義の採用する以上は、
少くとも天皇の統治の総攬者たる地位を廃止した、新憲法の下に於ては、さう云ふ意味の国体は決して健在ではあり得ない
のです。

―――――
〇宮澤俊義君 ……是は終戦当時、所謂国体の護持が問題とせられました昨年の八月十日、下村情報局総裁が、政府は国体の護持と民族の名誉の為に、最善の努力をしつつあると云ふ、あの悲痛な声明を発しましたことは、尚私共の記憶に新たな所であります、其の同じ日に、我が政府は「ポツダム」宣言が、主権的な統治者としての天皇の大権を害するやうな要求を包含して居ないとの了解の下に之を受諾する用意がある、と云ふことを聯合国に申入れました、茲に主権的な統治者としての、「ソヴリン・ルーラー」としての、天皇の「プリロガティヴ」と云ふ表現は、頗る明確を欠くのでありますが、其の前後の事情の下に之を解すれば、それが当時護持を叫ばれて居た所の、国体を意味することは明瞭である、而も其処に所謂国体は、決して金森国務大臣の言はれるやうな国体ではなくして、寧ろそれ迄国法上用ひられて居た意味の国体、即ち治安維持法で其の護持を保障した所の国体と、略略同じ意味であつたと思ひます、果してさうであるとすれば、日本の最終の統治形態が、自由に表明せられた人民の意思に依つて決定されるとする原理を承認し、国民主権主義を採用することは、理論的に見て、其の意味の国体に根本的な変革を与へることと言はなくてはならぬと思ひますが、如何でございませうか、八月十四日の終戦の詔書には、「国体を護持し得て」と云ふ御言葉が拝されるのでございますが、主権的統治者としての「ソヴリン・ルーラー」としての、天皇の「プリロガティヴ」は、無条件降伏に依つて、重大な侵害を加へられたのではないでありませうか、少くとも天皇の統治の総攬者たる地位を廃止した、新憲法の下に於ては、さう云ふ意味の国体は決して健在ではあり得ないのではないでせうか、
―――――

宮澤議員が、この第5問目の締めくくりにあたって強調するのは、"天皇の地位が変わるなんてショックだ"という議論への痛烈なお説教です。
曰く、このような感情論に引きずられて、日本の民主化という大変革を不徹底に終わらせてはならない。
センチメンタリズムを捨てて、冷たい真実に直面せよ!
というわけ。

―――――
〇宮澤俊義君 ……此の点に関聯して、国体の変革を承認することは、日本民族又は日本国家の同一性を否定する、と云ふやうな見解があるやうでありますが、是は不当であると思ひます、治安維持法に所謂国体が変つたとしましても、又終戦当時護持を叫ばれた国体が変つたとしましても、日本民族は依然として日本民族であり、日本国家は依然として日本国家であります、民族としての同一性、国家としての継続性は、それに依つて少しも傷つけられることはないのであります、(拍手)国体が護持され得なかつた、国体が変更されたと云ふことを正面から承認することは、多くの国民の感情に多大の「シヨック」を与へるかも知れませぬ、其の意味に於て、政府がそれを正面から承認することを避けようとする御気持は、十二分に了解されるのでありますが、日本の政治の民主化と云ふ大変革を、国民全部の心の中に徹底させる為には、さうして先程板倉議員の御使になつた言葉でありますが、「センチメンタリズム」を捨てて、冷たい真実に直面することが必要ではないでせうか(拍手)、
――――― 

さて、この第5問目への政府答弁を確認致しましょう。

例によって金森大臣は、国民主権主義について、
過去に於ては潜在的にさうであつた、将来に於ては現在的に、顕在的に、顕はれたる姿に於てさうであると云ふだけでありまして、本質的に変化はないもの
などと、表面上は逃げているような印象を受けます。

但し、さすがは憲法学の専門家というべきでしょうか、
今回の憲法の改正に依つて、所謂治安維持法等に解釈せられて居つた国体は変つたかどうか、……其の意味に於きましては国体は変つたと御返事して宜いと思ふ
と、一番肝心なポイントについては、宮澤議員の指摘を正面から受け止め、大変重要な答弁をしています。

議員の質問に政府答弁が全くかみ合わないという、現在の安倍政権下の国会論戦とは大違いのレベルの高さですねー。

―――――
〇国務大臣(金森徳次郎君) ……次に第五の点と致しまして、国民主権主義の採用は国体にどう云ふ変化を与へたか、其の点は国民主権主義の採用から国体にどう云ふ変化を与へたか斯う云ふ風に仰せられますると、稍稍御答に苦しむ次第でありまして、私共の認識は主権が国民に在ると云ふことは、過去に於ては潜在的にさうであつた、将来に於ては現在的に、顕在的に、顕はれたる姿に於てさうであると云ふだけでありまして、本質的に変化はないもののやうに思つて居ります、従つて之に対しましての御答は申上兼ねまするが、多分御趣旨の次第は、今回の憲法の改正に依つて、所謂治安維持法等に解釈せられて居つた国体は変つたかどうか、斯う云ふ御質疑であらうと存じます、其の意味に於きましては国体は変つたと御返事して宜いと思ふのであります、
―――――

(続く)

「索引」事件簿File.5【索引編集は臨時的な仕事ではない】 #国会会議録の使われ方 その11

「索引」事件簿File.5【索引編集は臨時的な仕事ではない】   シリーズ第9回 では、1960年代から国会会議録の「総索引」が編纂されるようになった(従来の「索引」からの拡充が図られた)こと、   シリーズ第10回 では、1970年代からは国会の業務にもコンピューター化の波が押...