ラベル ポツダム宣蚀 の投皿を衚瀺しおいたす。 すべおの投皿を衚瀺
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2020/06/11

憲法の基瀎知識~君䞻䞻暩から囜民䞻暩ぞ【宮柀俊矩 vs. 金森埳次郎】(その)

シリヌズ最終回です。

、明治憲法第䞃十䞉条の憲法改正手続きに䟝るこずは、新憲法が民定憲法であるずの建前ず矛盟があるのではないか

「䞻暩が囜民に存するこずを宣蚀し、この憲法を確定する」
ず謳う䞀方、手続き面では明治憲法の条項を利甚する憲法改正ずしお行われたした。

このこずから、憲法孊的にどんな問題が具䜓的に生じおくるのか?が今回の䞻題です。

―――――
〇宮柀俊矩君 ……最埌に第䞃、民定憲法の建前ず、歀の床の憲法改正手続ずの関係は、どうであるかず云ふこずでありたす、歀の憲法改正草案は、囜民が之を制定するず云ふ建前、所謂民定憲法、民が定める憲法ず云ふ建前に立脚しお居りたす、歀の事は䞉月六日の詔曞でも、亊改正案の前文でも極めお明癜であるず思ふのでありたす、所で政府が歀の憲法改正案は、明治憲法第䞃十䞉条に䟝るものずしお取扱぀お居られるのでありたすが、是は民定憲法ず云ふ建前ず䜕凊迄䞡立するでありたせうか、明治憲法第䞃十䞉条は埡承知の通り、所謂民定憲法の建前は採぀お居りたせぬ、憲法改正は議䌚の議決ず、倩皇の裁可に䟝぀お成立する、ず云ふ建前を採぀お居りたす、衆議院の速蚘録に䟝れば、金森囜務倧臣は、歀の改正案は明治憲法第䞃十䞉条に䟝るものでありたすから、勿論議䌚の議決の倖に、倩皇の裁可があ぀お初めお成立する、ず説明しおいら぀しやいたすが、若しさうずすれば歀の改正は貎族院の意思に反しおも、又倩皇の意思に反しおも、成立するこずが出来ないず云ふこずになるのでありたす、明治憲法第䞃十䞉条の建前から蚀ぞば圓然さうなくおはならないのでありたす、䜵しさう云ふ建前に基く憲法改正、貎族院の意思に反しおも、亊倩皇の意思に反しおも成立するこずが出来ないず云ふ憲法改正の前文が、どうしお日本囜民は歀の憲法を確定するず宣蚀するこずが出来るのでありたせうか、
―――――

倧日本垝囜憲法の第73条に基づいお改正を行うずいうこずは、新憲法を成立させ公垃・斜行するたでの間に、

・垝囜議䌚(衆議院・貎族院の䞡院)による議決
・倩皇による裁可

などが必芁ずなりたす。

普通遞挙により遞出された衆議院はずもかく、貎族院や倩皇の蚱可がなければ新憲法が成立しないのでは、「囜民が確定した憲法」(=民定憲法)ずいう前文の建前ずは矛盟するのではないか、ずいうのが宮柀議員の指摘です。

倩皇の「裁可」ですが、倧日本垝囜憲法第条にも「倩皇ハ法埋ヲ裁可シ其ノ公垃及執行ヲ呜ス」ずの芏定がありたす。

明治憲法䞋では、垝囜議䌚が法埋案を可決するだけではダメで、倩皇による「裁可」の手続きがあっお初めお法的効力が生じるずいう仕組みになっおいたした。
実際䞊は倩皇が「裁可」を拒吊した䟋はないようですが、ずはいえ倩皇が認めないず法什が発効しないずいうのは、民定憲法の建前ず矛盟するのではずいう懞念が生じたす。

因みに珟圚の日本囜憲法をよく読むず、「前文」よりさらに前に「䞊諭」(じょうゆ)ずいう文章ず、囜務倧臣による「副眲」が付されおいお、

―――――
朕は、日本囜民の総意に基いお、新日本建蚭の瀎が、定たるに至぀たこずを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び垝囜憲法第䞃十䞉条による垝囜議䌚の議決を経た垝囜憲法の改正を裁可し、ここにこれを公垃せしめる。

埡名 埡璜
―――――

これが「䞊諭」ですが(䞋線は筆者)、やはり倩皇が「裁可」しお公垃に至ったこずがわかりたすね。

2020/05/31

憲法の基瀎知識~君䞻䞻暩から囜民䞻暩ぞ【宮柀俊矩 vs. 金森埳次郎】(その)

もずもずは什和元幎を期しおの改元蚘念䌁画だったのに、幎近いブログ攟眮で気付けば什和幎も半ば近くに😓

日本囜憲法の基本原理の぀「囜民䞻暩䞻矩」をめぐる、1946幎8月26日、第90回垝囜議䌚貎族院での宮柀俊矩議員vs.金森埳次郎囜務倧臣の論戊を題材にした連茉第回目。

いよいよ、宮柀先生のかの有名な孊説「八月革呜説」の栞心郚分が登堎したす!

おさらいしたすず、宮柀議員が憲法孊の専門家の立堎から質したのは䞋蚘の点でした。
(うち連茉前回分たでで~を取り䞊げたした)

 、ポツダム宣蚀受諟は、囜民䞻暩䞻矩の承認を意味する

 、囜民䞻暩䞻矩は、終戊たでの憲法の根本ずは原理的に異なるものである

 、新憲法草案は囜民䞻暩䞻矩を採甚しおいるはずだ

 、䞻暩者たる囜民の䞭に倩皇が含たれるずの説明は䞍適圓である

 、囜民䞻暩䞻矩の承認を栞心ずする新憲法は、埓来の囜法䞊は「囜䜓の倉革」にあたる

 、囜民䞻暩䞻矩の採甚を内容ずする憲法改正は、明治憲法第䞃十䞉条の手続きに䟝っおいるず同時に、それを超えお行われるものである

 、明治憲法第䞃十䞉条の憲法改正手続きに䟝るこずは、新憲法が民定憲法であるずの建前ず矛盟があるのではないか

残る論点ずは、憲法改正手続きに関する質問です。

なぜこれが倧問題になるのかは、憲法孊に芪しみが薄いずわかりにくいのですが、このあたりはおいおい考えおいきたす。

たずは基瀎知識ずしお、倧日本垝囜憲法の改正手続きを定めた第章第73条を確認しおみたしょう。
第73条 将来歀ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必芁アルトキハ勅呜ヲ以テ議案ヲ垝囜議䌚ノ議ニ付スヘシ
 歀ノ堎合ニ斌テ䞡議院ハ各々其ノ総員䞉分ノニ以䞊出垭スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ埗ス出垭議員䞉分ノ二以䞊ノ倚数ヲ埗ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ埗ス
項が明治憲法改正案を発議する手続きを定め、項で改正案を垝囜議䌚が審議する際の定足数等を定めおいたす。

泚目されるのは、憲法改正案は「勅呜をもっお」、぀たり倩皇の暩限によっお議䌚に付されるずいうこずでしょうか。
繰り返したすが、明治憲法では倩皇が「統治暩を総攬」(第条)する䞻暩者であり、か぀憲法制定暩者でもあるので、改正手続きに぀いおもしかるべき地䜍が䞎えられおいたす。
(ずはいえ、憲法の案文を倩皇自ら曞き䞊げるなどは垝囜憲法䞋でも絶察に考えられず、実際には政府が䜜りあげた憲法の案を「勅呜」ずいう圢で発するこずになる)

因みに、同じ明治憲法第章「補則」には、
第75条 憲法及皇宀兞範ハ摂政ヲ眮クノ間之ヲ倉曎スルコトヲ埗ス
ずの条文もありたす。
摂政を眮くずきずは、倩皇が病気等で暩限の行䜿や意思衚瀺ができない状況ですので、䞻のあずかり知らぬ間に勝手に憲法を倉えおはいけないよ!ずいうこずなのでしょうか。

いずれにしおも、倧日本垝囜憲法には「憲法改正」の条項があるずはいえ、「君䞻䞻暩䞻矩」の範囲内での手続きずしお想定されおいるのがポむントです。

ずころが1946幎に垝囜議䌚に提出された「垝囜憲法改正案」は、日本の敗戊ず「ポツダム宣蚀」受諟ずいう激動の情勢を背景に、「囜民䞻暩䞻矩」を採甚したものでした。

こうしたこずから、「君䞻䞻暩䞻矩」を前提ずした明治憲法第73条を䜿っお、「囜民䞻暩䞻矩」の憲法を生み出すこずは可胜か?
ずいう、憲法孊䞊の倧問題が提起されるわけです。

䞀般庶民の偎からするず、実生掻䞊のずいうよりは法理論䞊の論点なので、いささかわかりにくい面はあるのですが、理論や手続きをないがしろにしおはいけないずいう憲法孊者の熱意ゆえの質問なので、興味か根気のある人はお付き合い願いたす。

前眮きが長くなりたした。
宮柀議員の挔説を芋おみたしょう。


、囜民䞻暩䞻矩の採甚を内容ずする憲法改正は、明治憲法第䞃十䞉条の手続きに䟝っおいるず同時に、それを超えお行われるものである

―――――
〇宮柀俊矩君 ……次に第六点、明治憲法第䞃十䞉条に䟝぀お、囜民䞻暩䞻矩の採甚を内容ずする、憲法改正が蚱されるかず云ふこずでありたす、埓来孊説では、明治憲法第䞃十䞉条に䟝぀お、所謂囜䜓の倉革を定めるこずは蚱されないずせられお居りたす、即ち明治憲法は治安維持法に所謂囜䜓の原理に立脚しお䜜られたものでありたすから、其の定める憲法改正手続に䟝぀お、其の囜䜓倉革を定めるこずは、論理的に矛盟であり、法埋的には蚱されないず解されたのでありたす、埓぀お若し終戊以前に斌お、䜕人かが歀の憲法改正案ず同じ内容を持぀ものを提案したず仮定するならば、其の者が治安維持法違反ずしお、眰せられるかどうかは別ずしたしお、少くずも圌の憲法改正の提案は、恐らく憲法䞊蚱されないず考ぞられたず思ひたすが、政府はどう埡考になるでせうか、私は歀の床の憲法改正草案は、其の前提ずしお「ポツダム」宣蚀受諟に䟝぀お霎された、我が囜の政治䜓制䞊の根本的な倉革、歀の倉革は孊問的意味に斌お、之を革呜ず呌んでも宜いず思ひたすが、其の蚀葉が若し誀解を招く虞があるずするならば、之を䞀぀の超憲法的な、憲法を超えた倉革ず呌んでも宜いかず思ひたすが、さう云ふ倉革を考ぞなくおは、それが憲法䞊蚱される所以を説明するこずが出来ないず思ひたす、即ち歀の床の憲法改正は、単玔な明治憲法第䞃十䞉条に䟝る憲法改正ではなくお、終戊に䟝぀お行はれた、超憲法的な倉革に基き、其の根拠の䞊に、明治憲法第䞃十䞉条に䟝぀お、䜵し同時にそれを超えお行はれる、憲法改正だず思ふのでありたすが、劂䜕でありたせうか、
―――――

「ポツダム宣蚀」受諟によっお、「革呜」ずでも呌ぶべき「超憲法的」な䜓制倉革があったため、埓来は憲法䞊蚱容されなかった(こずによるず治安維持法違反にも問われかねない)憲法改正が可胜になった。
だから今回の憲法改正は、明治憲法第73条に䟝拠し぀぀も、それを超えお行われるず法理論䞊敎理しおおくべきだずいうわけ。
これが「八月革呜説」です。

さお、次に金森囜務倧臣の答匁ですが、結論から蚀うず、「八月革呜説」には䞎しない立堎が鮮明です。

―――――
〇囜務倧臣(金森埳次郎君) ……第六の質問ず臎したしお、憲法䞃十䞉条に䟝぀お囜民䞻暩䞻矩の採甚を内容ずする憲法改正を行ふこずが出来ないではないか、斯う云ふ埡尋であ぀たやうに思ひたす、若しも日本の歀の本圓の意味の䞻暩が、歀の前埌に斌おは぀きり倉぀たものず臎したするならば、宮沢君の埡質疑の劂く䞃十䞉条に䟝぀お今回の憲法改正を為すこずが、皮々なる疑惑を䌎぀お来る䜙地があらうず存じたす、䜵し私共は其の前提を異にしお居るのでありたしお、日本の䞻暩は実質的には倉぀お居ないず考ぞお居りたするが故に、憲法䞃十䞉条を通じお歀の憲法改正案が議䌚に提出せらるる其の手続の䞊に斌お䞀点の疑はしき点は䌏圚しお居ないず考ぞお居るのでありたす、日本の囜家は過去も珟圚も其の本質に斌おは倉る所はありたせぬ、埓぀お其の基本の本質に埓しお前の憲法を基瀎ずしお、其の条項に基いお、新たなる憲法の改正案が立法の機関に付せられるず云ふこずに䞀点の疑も持぀おは居りたせぬ、
―――――

金森囜務倧臣も「日本の…䞻暩が…はっきり倉わったものず臎したするならば」、宮柀議員の指摘が正しいず認めおいるように、ここでもやはり争点は、憲法䞊の䞻暩者が「君䞻」から「囜民」に倉わったこずを正面から認めるか吊かです。

政府偎の立堎は、日本囜家の本質は明治憲法でも新憲法でも倉わらない、だから明治憲法第73条の手続きに䟝るこずに疑念が生じるこずもないずいう回答でした。

(続く)

2019/07/07

憲法の基瀎知識~君䞻䞻暩から囜民䞻暩ぞ【宮柀俊矩 vs. 金森埳次郎】(その)

前回の続きです。

宮柀議員はここたで(~問目)の質疑で、今埌の日本の囜家制床が倩皇(君䞻)䞻暩から囜民䞻暩ぞず倧転換するこずを、ポツダム宣蚀や憲法改正案(珟圚の日本囜憲法)の条文に即しお確認しおきたした。

今回芋る第問目では、新憲法によっお採甚される「囜民䞻暩䞻矩」は、戊前の法䜓系の䞋にあっおは断じお蚱されざるものずされた「囜䜓の倉革」に圓たるものだずの論点が提起されたす。


、囜民䞻暩䞻矩の承認を栞心ずする新憲法は、埓来の囜法䞊は「囜䜓の倉革」にあたる

ずころでこの「囜䜓」ずいう語は、論者によっお定矩がたちたちなたた甚いられおいたした。

宮柀氏はその混迷を䞀掃すべく、
問題ず私が臎したすのは、……埓来……囜法䞊、囜䜓ずせられお来たものが倉぀たかどうかず云ふこず
だず論点を敎理するずころから始めたす。

―――――
〇宮柀俊矩君 ……次に第五点でありたす、囜民䞻暩䞻矩の承認を栞心ずする新憲法は、囜䜓にどう云ふ圱響を䞎ぞるかず云ふこずでありたす、歀の点は只今板倉議員から詳现に埡尋がありたしたが、私も皍皍違぀た角床から簡単に埡䌺ひしたいず思ひたす、囜民䞻暩䞻矩を栞心ずする新憲法が囜䜓にどう云ふ圱響を及したかず云ふこずは、衆議院で倚いに論議せられた所でありたす、金森囜務倧臣は、只今歀の壇で仰しや぀たやうな意味に囜䜓ず云ふ蚀葉を理解せられ、其の意味の囜䜓は歀の憲法改正に䟝぀お少しも倉぀お居ないず説明しお居られたす、歀の説明は、先皋の板倉議員の埡蚀葉通りに私も賛成臎したす、䜵し歀凊で問題ず私が臎したすのは、さう云ふ意味の囜䜓でなくしお、埓来私が囜法䞊、囜䜓ずせられお来たものが倉぀たかどうかず云ふこずでありたす、囜䜓ず云ふ蚀葉が孊者に䟝぀おどう甚ひられお来たか、或はそれは正しくは寧ろ政䜓ずしお呌ばるべきではなか぀たかず云ふやうな問題は暫く別ず臎したす、茲では成文法に䟝り、或は政府に䟝り、公匏に、公に甚ひられた囜䜓の抂念を問題ず臎したす、
―――――

続いお宮柀議員は、「囜䜓の倉革」を凊眰した悪名高い「治安維持法」の条文解釈を揎甚。
埓来の「囜䜓」ずは、すなわち
䞇䞖䞀系の倩皇が君臚し、統治暩を総攬
する䜓制のこず。
これが新憲法の囜民䞻暩䞻矩の承認によっお圱響を受けるのか吊かが肝心なのだず、こずの栞心を盎撃したす。

―――――
〇宮柀俊矩君 ……囜䜓ず云ふ蚀葉が成文法に珟れたしたのは、恐らく治安維持法が最初でありたせう、凊で治安維持法に所謂囜䜓ずは䜕を意味するかに付お、䞁床今朝皋の朝日新聞に出お居りたしたやうに、倧審院は斯う説明しお居りたす、「我が垝囜は䞇䞖䞀系の倩皇君臚し統治暩を総攬し絊ふこずを以お其の囜䜓ずなし、治安維持法の所謂囜䜓の意味も亊斯くの劂く解すべきものずす」さうしお歀の解釈は恐らく我が成文法䞊の囜䜓抂念の説明ずしお倚くの人の賛成する所であらうず思ひたす、尀も倧審院の刀䟋の䞭にも倚少是ず違぀たのもございたしお、䟋ぞば朝鮮の独立運動などを臎したしたこずを以お、治安維持法第䞀条の囜䜓の倉革に該圓するず云ふこずを匕甚した、解釈ず刀䟋もありたす、さうしお有力な孊説ずしお之を支持する者もありたすが、是は恐らく倚数の人の賛成は埗お居ないず思ひたすから、別ず臎したしお、只今蚀ひたしたやうな囜䜓、金森囜務倧臣の仰しやるやうな囜䜓ではなくお、埓来我が囜が治安維持法に䟝぀お、其の倉革を厳犁しようずした所の囜䜓、即ち䞇䞖䞀系の倩皇が君臚し、統治暩を総攬し絊ふずする原理は、囜民䞻暩䞻矩を栞心ずする新憲法に䟝぀お、果しおどう云ふ圱響を受けるでありたせうか、是が問題でありたす、
―――――

さらに宮柀氏は、これたでの政府答匁を怜蚎。

政府は蚀葉の䞊では新憲法によっお囜䜓が倉革されるこずをかたくなに吊定した䞀方で、倩皇が「統治暩の総攬者」の地䜍を倱うこずは認めおいたした。
このように倩皇の地䜍が倉わるこずは、囜法䞊の意味での「囜䜓の倉革」に圓たるこずは明らかではないかず問いかけたす。

―――――
〇宮柀俊矩君 ……金森囜務倧臣は新憲法の䞋では、倩皇は統治暩の総攬者たる地䜍は持぀お居られないず蚀぀お居られたす、埓぀お私が歀凊で申すやうな意味の囜䜓は、新憲法に䟝぀お倉぀お居るず云ふこずを、承認しおいら぀しやるこずず思ひたす、(拍手)衆議院での金森倧臣の埡答匁の䞭でも、勿論囜䜓が倉぀たず云ふ埡蚀葉はありたせぬが、さう云ふ趣旚は明瞭に読み取るこずが出来るず思ふのでありたすが、どうでありたせうか、
―――――

ずころで、なぜ日本政府はここたで頑迷に新憲法による「囜䜓の倉革」を認めたがらないのか?

その背景には、政府が「ポツダム宣蚀」受諟に際し、あくたで「囜䜓護持」に執念を燃やしおいたずいう事情がありたした。

しかし、「ポツダム宣蚀」受諟時にどのような経緯があったにせよ、新憲法で囜民䞻暩䞻矩の採甚する以䞊は、
少くずも倩皇の統治の総攬者たる地䜍を廃止した、新憲法の䞋に斌おは、さう云ふ意味の囜䜓は決しお健圚ではあり埗ない
のです。

―――――
〇宮柀俊矩君 ……是は終戊圓時、所謂囜䜓の護持が問題ずせられたした昚幎の八月十日、䞋村情報局総裁が、政府は囜䜓の護持ず民族の名誉の為に、最善の努力をし぀぀あるず云ふ、あの悲痛な声明を発したしたこずは、尚私共の蚘憶に新たな所でありたす、其の同じ日に、我が政府は「ポツダム」宣蚀が、䞻暩的な統治者ずしおの倩皇の倧暩を害するやうな芁求を包含しお居ないずの了解の䞋に之を受諟する甚意がある、ず云ふこずを聯合囜に申入れたした、茲に䞻暩的な統治者ずしおの、「゜ノリン・ルヌラヌ」ずしおの、倩皇の「プリロガティノ」ず云ふ衚珟は、頗る明確を欠くのでありたすが、其の前埌の事情の䞋に之を解すれば、それが圓時護持を叫ばれお居た所の、囜䜓を意味するこずは明瞭である、而も其凊に所謂囜䜓は、決しお金森囜務倧臣の蚀はれるやうな囜䜓ではなくしお、寧ろそれ迄囜法䞊甚ひられお居た意味の囜䜓、即ち治安維持法で其の護持を保障した所の囜䜓ず、略略同じ意味であ぀たず思ひたす、果しおさうであるずすれば、日本の最終の統治圢態が、自由に衚明せられた人民の意思に䟝぀お決定されるずする原理を承認し、囜民䞻暩䞻矩を採甚するこずは、理論的に芋お、其の意味の囜䜓に根本的な倉革を䞎ぞるこずず蚀はなくおはならぬず思ひたすが、劂䜕でございたせうか、八月十四日の終戊の詔曞には、「囜䜓を護持し埗お」ず云ふ埡蚀葉が拝されるのでございたすが、䞻暩的統治者ずしおの「゜ノリン・ルヌラヌ」ずしおの、倩皇の「プリロガティノ」は、無条件降䌏に䟝぀お、重倧な䟵害を加ぞられたのではないでありたせうか、少くずも倩皇の統治の総攬者たる地䜍を廃止した、新憲法の䞋に斌おは、さう云ふ意味の囜䜓は決しお健圚ではあり埗ないのではないでせうか、
―――――

宮柀議員が、この第問目の締めくくりにあたっお匷調するのは、"倩皇の地䜍が倉わるなんおショックだ"ずいう議論ぞの痛烈なお説教です。
曰く、このような感情論に匕きずられお、日本の民䞻化ずいう倧倉革を䞍培底に終わらせおはならない。
センチメンタリズムを捚おお、冷たい真実に盎面せよ!
ずいうわけ。

―――――
〇宮柀俊矩君 ……歀の点に関聯しお、囜䜓の倉革を承認するこずは、日本民族又は日本囜家の同䞀性を吊定する、ず云ふやうな芋解があるやうでありたすが、是は䞍圓であるず思ひたす、治安維持法に所謂囜䜓が倉぀たずしたしおも、又終戊圓時護持を叫ばれた囜䜓が倉぀たずしたしおも、日本民族は䟝然ずしお日本民族であり、日本囜家は䟝然ずしお日本囜家でありたす、民族ずしおの同䞀性、囜家ずしおの継続性は、それに䟝぀お少しも傷぀けられるこずはないのでありたす、(拍手)囜䜓が護持され埗なか぀た、囜䜓が倉曎されたず云ふこずを正面から承認するこずは、倚くの囜民の感情に倚倧の「シペック」を䞎ぞるかも知れたせぬ、其の意味に斌お、政府がそれを正面から承認するこずを避けようずする埡気持は、十二分に了解されるのでありたすが、日本の政治の民䞻化ず云ふ倧倉革を、囜民党郚の心の䞭に培底させる為には、さうしお先皋板倉議員の埡䜿にな぀た蚀葉でありたすが、「センチメンタリズム」を捚おお、冷たい真実に盎面するこずが必芁ではないでせうか(拍手)、
――――― 

さお、この第問目ぞの政府答匁を確認臎したしょう。

䟋によっお金森倧臣は、囜民䞻暩䞻矩に぀いお、
過去に斌おは朜圚的にさうであ぀た、将来に斌おは珟圚的に、顕圚的に、顕はれたる姿に斌おさうであるず云ふだけでありたしお、本質的に倉化はないもの
などず、衚面䞊は逃げおいるような印象を受けたす。

䜆し、さすがは憲法孊の専門家ずいうべきでしょうか、
今回の憲法の改正に䟝぀お、所謂治安維持法等に解釈せられお居぀た囜䜓は倉぀たかどうか、……其の意味に斌きたしおは囜䜓は倉぀たず埡返事しお宜いず思ふ
ず、䞀番肝心なポむントに぀いおは、宮柀議員の指摘を正面から受け止め、倧倉重芁な答匁をしおいたす。

議員の質問に政府答匁が党くかみ合わないずいう、珟圚の安倍政暩䞋の囜䌚論戊ずは倧違いのレベルの高さですねヌ。

―――――
〇囜務倧臣(金森埳次郎君) ……次に第五の点ず臎したしお、囜民䞻暩䞻矩の採甚は囜䜓にどう云ふ倉化を䞎ぞたか、其の点は囜民䞻暩䞻矩の採甚から囜䜓にどう云ふ倉化を䞎ぞたか斯う云ふ颚に仰せられたするず、皍皍埡答に苊しむ次第でありたしお、私共の認識は䞻暩が囜民に圚るず云ふこずは、過去に斌おは朜圚的にさうであ぀た、将来に斌おは珟圚的に、顕圚的に、顕はれたる姿に斌おさうであるず云ふだけでありたしお、本質的に倉化はないもののやうに思぀お居りたす、埓぀お之に察したしおの埡答は申䞊兌ねたするが、倚分埡趣旚の次第は、今回の憲法の改正に䟝぀お、所謂治安維持法等に解釈せられお居぀た囜䜓は倉぀たかどうか、斯う云ふ埡質疑であらうず存じたす、其の意味に斌きたしおは囜䜓は倉぀たず埡返事しお宜いず思ふのでありたす、
―――――

(続く)

2019/06/15

憲法の基瀎知識~君䞻䞻暩から囜民䞻暩ぞ【宮柀俊矩 vs. 金森埳次郎】(その)

前回の続き。

明治憲法の「君䞻䞻暩䞻矩」ず、新憲法䞋の「囜民䞻暩䞻矩」ずの区別を曖昧にしかねない答匁を繰り返した圓時の日本政府。

宮柀俊矩議員は、
(明治憲法を)囜民䞻暩䞻矩ず蚀ふならば、どのやうな囜家も苟くもそれが倚少でも断続的生呜を有する限り、総お囜民䞻暩䞻矩であるず蚀はなくおはならなくなりたすし、それでは君䞻䞻暩䞻矩ず囜民䞻暩䞻矩ずの原理的な区別は党く意味を倱぀おしたふ
ず、政府の態床を厳しく批刀しおいたした

なお、前回芋た郚分は「ポツダム宣蚀」受諟ず䞻暩の所圚の関係が䞻論点でした。
察しおここから先の䜕問かは、1946幎圓時審議䞭の憲法改正案の芏定に焊点が移っおいきたす。


、新憲法草案は囜民䞻暩䞻矩を採甚しおいるはずだ

宮柀氏はここで、憲法改正案の条文を芋れば囜民䞻暩䞻矩が採甚されおいるこずは明癜であるず思うがどうかず、基本点の確認を行っおいたす。

―――――
〇宮柀俊矩君 ……次に第䞉点、新憲法草案は右に述べたやうな囜民䞻暩䞻矩を採甚しお居るず思ふがどうかず云ふ点でありたす、是は憲法の前文、其の他から蚀぀お極めお明瞭であるず思ふのでありたす、前文及び第䞀条の字句に付お衆議院で倚少の修正が行はれたした、私は歀の修正が絶察に必芁なものであ぀たずは必ずしも考ぞないのでありたすが、唯䞀郚には政府原案のやうな衚珟は必ずしも単玔な囜民䞻暩䞻矩を意味せず、倚かれ、少なかれ、それずは違぀たものを意味するず云ふ芋解が行はれ、珟に歀の憲法改正案の定める囜民䞻暩䞻矩は君民共治䞻矩であるずか、曎にそれは必ずしも倩皇䞻暩䞻矩ず根本的に違ふものでないず云ふやうな芋解迄認められた䜍でありたす以䞊、さう云ふ誀解乃至は曲解の生ずる䜙地を防ぐ為には、歀の修正は適圓であ぀たず蚀ぞようず思ひたす、䜵し䜕れにせよ、憲法改正案が囜民䞻暩䞻矩を採甚しお居るこずは、歀の修正の有無に拘らず明癜であり、又それは「ポツダム」宣蚀受諟に䟝぀お最終的統治圢態が、自由に衚明せられた人民の意思に䟝぀お定たるずする原理を承認した日本の憲法改正案ずしおは、圓然の態床であるず思ふのでありたすが、劂䜕がでありたせうか、
―――――

なお、宮柀氏が蚀及しおいる政府原案ず衆議院修正に぀いおも簡単に。

倩皇(明治憲法ではこちらが䞻暩者だった)の地䜍ず、囜民(新しく䞻暩者になったのがこちら)の関係性を芏定した、極めお重芁な条文が第䞀条です。

ずころが政府が垝囜議䌚に提出した改正原案では、
第䞀条 倩皇は、日本囜の象城であり日本囜民統合の象城であ぀お、この地䜍は、日本囜民の至高の総意に基く
ずいう衚珟ぶりになっおいお、これでは新憲法䞋での䞻暩の所圚が䞍明確だず批刀が噎出。
そこで衆議院の審議で修正され、
第䞀条 倩皇は、日本囜の象城であり日本囜民統合の象城であ぀お、この地䜍は、䞻暩の存する日本囜民の総意に基く
ずいう珟行の条文に萜ち着いたずいう経過があったのでした。

「新憲法は囜民䞻暩䞻矩だ」ずいうシンプルなこの問いには、さすがの金森倧臣も難解な論理を繰り出す䜙地はなく、ほが玠盎に事実関係を認める答匁をしおいたす。

―――――
〇囜務倧臣(金森埳次郎君) ……第䞉に憲法改正案は囜民䞻暩䞻矩を採甚しお居るず信するが劂䜕か、是は埡説の通りでありたす、囜家の意思の源泉は囜民の党䜓に圚るず云ふ原理を採る、其の原理に基いお政府原案も、又衆議院の修正に䟝りたする文章も蚘述せられお居る蚳でありたす、
―――――



、䞻暩者たる囜民の䞭に倩皇が含たれるずの説明は䞍適圓である

2019/05/06

憲法の基瀎知識~君䞻䞻暩から囜民䞻暩ぞ【宮柀俊矩 vs. 金森埳次郎】(その)

倩皇の代替わり、平成から什和ぞの改元ず、倩皇制が䜕かず話題のいただからこそ、倩皇ず囜民の関係性が明治憲法䞋ず日本囜憲法䞋ではどう倉わったのか、きちんず認識を持っおおきたいずころです。

今回は、垝囜憲法改正案が審議されおいた1946(昭和21)幎の第90回垝囜議䌚から、貎族院本䌚議における宮柀俊矩[1]議員ず、金森埳次郎[2]囜務倧臣の有名な論戊(同幎8月26日)を題材ずしたす。
䌚議録はこちら

[1]宮柀俊矩(みやざわ・ずしよし)
憲法孊者。1899(明治32)幎生、1976(昭和51)幎没。1923(倧正12)幎東倧卒、1925(倧正14)幎同助教授、1934(昭和9)幎教授ずしお憲法講座を担圓。矎濃郚達吉の埌継者ずしお右翌陣営の攻撃を受け぀぀も、合理䞻矩的憲法理論を展開。戊埌は幣原喜重郎内閣の改憲䜜業、たた貎族院勅遞議員ずしお日本囜憲法の垝囜議䌚審議に参加。ポツダム宣蚀の受諟が囜䜓の倉曎にあたるずする「八月革呜説」を唱えお政府を远及。1959(昭和34)幎東倧を停幎退職、以埌1969(昭和44)幎たで立教倧孊教授。(参考「䞖界倧癟科事兞 第版」)

[2]金森埳次郎(かなもり・ずくじろう)
憲法孊者、官僚。1886(明治19)幎生、1959(昭和34)幎没。1912(明治45)幎東倧英法科卒。法制局に入り、法制局曞蚘官などを経お、1934(昭和9)幎岡田啓介内閣の法制局長官。著曞「垝囜憲法芁綱」(1921幎=倧正10幎)は高等文官詊隓の参考曞ずしお倧いに読たれたが、その倩皇機関説は矎濃郚事件に際しお攻撃され、1936(昭和11)幎蟞職。戊埌1946(昭和21)幎、第次吉田茂内閣の囜務倧臣ずしお新憲法制定に携わる。議䌚における憲法審議の答匁にあたり、宮柀俊矩貎族院議員の「八月革呜説」ず察立した。1948(昭和23)幎~1959(昭和34)幎にかけお囜立囜䌚図曞通の初代通長。(参考「䞖界倧癟科事兞 第版」「日本倧癟科党曞(ニッポニカ)」)

経歎からわかるように、憲法孊の専門家同士が倩皇制や囜民䞻暩に぀いお議堎で論争した、極めお貎重な蚘録です。
(ずはいえ、金森囜務倧臣は政府代衚の立堎なので、答匁内容がすべお金森氏個人の芋解であったかは怜蚌が必芁か) 
 
宮柀議員の䞻匵は、芁玄するず次の点。

、ポツダム宣蚀受諟は、囜民䞻暩䞻矩の承認を意味する

、囜民䞻暩䞻矩は、終戊たでの憲法の根本ずは原理的に異なるものである 

、新憲法草案は囜民䞻暩䞻矩を採甚しおいるはずだ

、䞻暩者たる囜民の䞭に倩皇が含たれるずの説明は䞍適圓である

、囜民䞻暩䞻矩の承認を栞心ずする新憲法は、埓来の囜法䞊は「囜䜓の倉革」にあたる

、囜民䞻暩䞻矩の採甚を内容ずする憲法改正は、明治憲法第䞃十䞉条の手続きに䟝っおいるず同時に、それを超えお行われるものである

、明治憲法第䞃十䞉条の憲法改正手続きに䟝るこずは、新憲法が民定憲法であるずの建前ず矛盟があるのではないか

埌で芋るように、新憲法䞋における「䞻暩」の所圚や囜家の統治圢態に぀いお、政府偎は曖昧な態床をずっおいたした。
宮柀氏ずしおは、憲法の専門家ずしお事態を看過できないず考えたのでしょう。

本䌚議なので、たず宮柀議員が質問をたずめお行い、それに金森囜務倧臣がたずめお答えおいたすが、ここでは䟿宜䞊、論点ごずに質問ず答匁を察比しおいきたす。
 
 

〇導入郚

宮柀議員は、審議䞭の憲法改正案に぀いお、䞍完党さはあるずし぀぀も、日本の民䞻化ぞ向けた「重芁なる䞀歩前進」ず評䟡し、改正案の成立を垌望するずの基本姿勢を衚明。
そのうえで、「原理的な問題の若干」に぀いお「箇条的に」質問するず切り出しおいたす。 

―――――
〇議長(公爵埳川家正君) 宮柀俊矩君
  〔宮柀俊矩君登壇〕

2019/04/10

「䞀億総懺悔」の真盞(例)

シリヌズ最終回です。

これたで芋おきたように、「䞀億総懺悔」ずは結局のずころ、戊果を望む倩皇の期埅に応えらぬたた敗戊に至ったこずを"反省"しお、臣民䞀同が倩皇にお詫び申し䞊げ、次こそは倩皇のご意向に沿っお囜家再建を達成しよう!ずいうものでした。
ここには、囜民は(倩皇を頂点ずする)「囜家」のために尜くす生き方が圓然ずいう、明治憲法的な囜家芳・人間芳が色濃く反映しおいるのでしょう。

挔説はこのあず、そのポツダム宣蚀受諟埌の方針に話題が移りたす。(因みに、降䌏文曞の調印が1945幎9月2日、東久邇宮総理倧臣挔説は9日5日)

たずは囜家再建の基本がどこにあるかずいう総論郚分です。

―――――

 是より先、米英支䞉囜は「ポツダム」に斌お垝囜の降䌏を芁求する共同宣蚀を発し、諞般の情勢䞊、垝囜は䞀億玉砕の決意を以お死䞭に掻を求むるか、然らざれば終戊かの岐路に立぀たのでありたす、日本民族の将来ず䞖界人類の平和を思はせられた倧埡心に䟝り、倧乗的 埡聖断が䞋されたのでありたす、即ち「ポツダム」宣蚀は原則ずしお 倩皇の囜家統治の倧暩を倉曎するの芁求を包含し居らざるこずの諒解の䞋に、涙を呑んで之を受諟するに決し、茲に倧東亜戊争の終戊を芋るに至぀たのでありたす、垝囜ず聯合各囜ずの間の降䌏文曞の調印は、本月二日暪浜沖の米囜軍艊䞊に斌お行はれ、同日埡詔曞を以お聯合囜に察する䞀切の戊闘行為を停止し、歊噚を措くべきこずを呜ぜられたのでありたす、顧みお無限の感慚を犁じ埗たせぬず同時に、戊争四幎の間、共同目的の為に凡ゆる協力を傟けられた倧東亜の諞盟邊に察し、歀の機䌚に斌お深甚なる感謝の意を衚するのでありたす、聯合囜軍は既に我が本土に進駐しお居りたす、事態は有史以来のこずでありたす、䞉千幎の歎史に斌お、最も重倧局面ず申さねばなりたせぬ、歀の重倧なる囜家の運呜を担぀お、其の嚮ふべき所を誀らしめず、囜䜓をしお匥が䞊にも光茝あらしむるこずは、珟代に生を享けお居りたする我々囜民の䞀倧責務でありたす(拍手)䞀に懞぀お今埌に凊する我々の芚悟、我々の努力に存するのでありたす
 今日に斌お尚ほ珟実の前に県を芆ひ、圓面を糊塗しお自ら慰めんずする劂き、又激情に駆られお事端を滋くするが劂きこずは、到底囜運の恢匘を期する所以ではありたせぬ(拍手)䞀蚀䞀行悉く 倩皇に絶察垰䞀し奉り、苟くも過たざるこずこそ、臣子の本分でありたす、我々臣民は 倧詔の埡誡めを畏み、堪ぞ難きを堪ぞ、忍び難きを忍んで、今日の敗戊の事実を甘受し、断乎たる倧囜民の矜持を以お、朔く自ら誓玄せる「ポツダム」宣蚀を誠実に履行し、誓぀お信矩を䞖界に瀺さんずするものでありたす(拍手)

2019/04/07

「䞀億総懺悔」の真盞(äž­)

前回の続きです。

戊時䞭は本土防衛(本土決戊?)の責任者であったのに、䞀転しお敗戊凊理の責任者に任呜されおしたった皇族銖盞・東久邇宮皔圊(ひがしくにのみや・なるひこ)氏。

前線も銃埌も、軍も官も民も総お、囜民悉く静かに反省する所がなければなりたせぬ、我々は今こそ総懺悔し…」などず、「䞀億総懺悔」路線で事態を切り抜けようず画策する必死なお姿を芳察しおたいりたした。

そうはいっおも、軍や官にも反省すべきずころがあるず蚀明したわけですから、䜕かしらの「懺悔」があっお良さそうなものです。今回はそのあたりを芋おいきたす。

―――――

 埁戊四幎、忠勇なる陞海の粟匷は、沍寒を凌ぎ、炎熱を冒し、具さに蟛苊を嘗めお勇戊敢闘し、官吏は寝食を忘れお其の職務に尜瘁し、銃埌囜民は協心戮力、䞀意戊力増匷の職域に挺身し、挙囜䞀䜓、皇囜は其の総力を挙げお戊争目的の完遂に傟けお参りたした、固より其の方法に斌お過ちを犯し、適切を欠いたものも少くありたせぬ、其の努力に斌お悉く適圓であ぀たずは蚀ひ埗ざる憟みもありたす、䜵しながら凡ゆる困苊欠乏に耐えお参りたした䞀億囜民の歀の敢闘の意力、歀の尜忠の粟神こそは、仮什戊ひに敗れたりずは蚀ぞ氞く蚘憶せらるべき民族の底力でありたす(拍手)

―――――

戊争の「方法に斌いお過ちを犯し」ずいう以前に、そもそも戊争の「目的」がおかしかったのではないかずか、ツッコミどころは満茉ですが、ここはグッずこらえお先ぞ進みたす。

―――――

2019/04/04

「䞀億総懺悔」の真盞(侊)

議䌚政治史の䞀愛奜家が、叀今の囜䌚䌚議録をひたすら発掘しおいきたす。

初回のテヌマは「䞀億総懺悔」。 
ずきは倧日本垝囜敗戊盎埌、第88回垝囜議䌚[1]における東久邇宮皔圊総理倧臣[2]の挔説です。

[1]第88回垝囜議䌚 内閣が戊争終結経緯を議䌚ぞ説明するために召集した臚時䌚。䌚期は1945(昭和20)幎9月4日~5日の2日間。

[2]東久邇宮皔圊(ひがしくにのみや・なるひこ) 軍人、政治家。1945幎圓時は皇族。1887幎生、1990幎没。第二次䞖界倧戊䞭は本土防衛総叞什官。1945幎8月から10月たで銖盞ずしお終戊凊理にあたる。1947幎に臣籍降䞋(぀たり皇族ではなくなった)しお以埌の名は東久邇皔圊。(参考「ブリタニカ癟科事兞」)

挔説は1945幎9月5日に貎衆䞡院の本䌚議堎で別々に行われたしたが、内容的にはほが同䞀。ここでは衆議院版を兞拠ずしたす。(貎族院版はこちら) 

文字の色が倉わっおいる郚分が䌚議録からの匕甚、それ以倖の郚分(黒色の文字)は管理人のコメントです。

―――――

○議長(島田俊雄君) (前略)内閣総理倧臣より発蚀の通告がありたす――内閣総理倧臣皔圊王殿䞋
     ――――◇―――――
  〔囜務倧臣皔圊王殿䞋登壇〕

―――――


「玢匕」事件簿File.5【玢匕線集は臚時的な仕事ではない】 #囜䌚䌚議録の䜿われ方 その11

「玢匕」事件簿File.5【玢匕線集は臚時的な仕事ではない】   シリヌズ第回 では、1960幎代から囜䌚䌚議録の「総玢匕」が線纂されるようになった(埓来の「玢匕」からの拡充が図られた)こず、   シリヌズ第10回 では、1970幎代からは囜䌚の業務にもコンピュヌタヌ化の波が抌...