戦時中は本土防衛(本土決戦?)の責任者であったのに、一転して敗戦処理の責任者に任命されてしまった皇族首相・東久邇宮稔彦(ひがしくにのみや・なるひこ)氏。
「前線も銃後も、軍も官も民も総て、国民悉く静かに反省する所がなければなりませぬ、我々は今こそ総懺悔し…」などと、「一億総懺悔」路線で事態を切り抜けようと画策する必死なお姿を観察してまいりました。
そうはいっても、軍や官にも反省すべきところがあると言明したわけですから、何かしらの「懺悔」があって良さそうなものです。今回はそのあたりを見ていきます。
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征戦四年、忠勇なる陸海の精強は、沍寒を凌ぎ、炎熱を冒し、具さに辛苦を嘗めて勇戦敢闘し、官吏は寝食を忘れて其の職務に尽瘁し、銃後国民は協心戮力、一意戦力増強の職域に挺身し、挙国一体、皇国は其の総力を挙げて戦争目的の完遂に傾けて参りました、固より其の方法に於て過ちを犯し、適切を欠いたものも少くありませぬ、其の努力に於て悉く適当であつたとは言ひ得ざる憾みもあります、併しながら凡ゆる困苦欠乏に耐えて参りました一億国民の此の敢闘の意力、此の尽忠の精神こそは、仮令戦ひに敗れたりとは言へ永く記憶せらるべき民族の底力であります(拍手)
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戦争の「方法に於いて過ちを犯し」という以前に、そもそも戦争の「目的」がおかしかったのではないかとか、ツッコミどころは満載ですが、ここはグッとこらえて先へ進みます。
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然るに「ガダルカナル」島よりの後退以来、戦勢は必ずしも好転せず、殊に「マリアナ」諸島の喪失以降、聯合国軍の進攻は頓に其の速度を加ふると共に、我が本土に対する空襲は次第に激化し、其の惨害は日を逐うて増大して来ました、既に海上輸送力の低下に依つて相当の影響を受けて居りました軍需生産は、斯くの如き戦局の、一段の急迫と共に、本年の春頃よりは愈愈至難を加へ、一方戦争の長期化に伴ふ民力の疲弊亦漸く顕著ならんとし、終戦前の状況に於きましては、近代戦の長期維持は逐次困難を加へ、憂慮すべき状況になつたのであります、茲に其の概要を述べますれば、即ち本年五月頃の状況に於きまして、汽船輸送力は、船舶喪失量の増大と、数次に亘る船腹の南方抽出等に依りまして、開戦当初の使用船腹の概ね四分の一程度を保持するに過ぎませぬでした、而も液体燃料の不足と、聯合国軍の妨害激化等に依りまして、運航能率は著しく阻碍せられ、殊に沖縄戦の終末以来、聯合国軍航空機の威力の増大に伴ひ大陸との交通すらも至難の状態となり、一方機帆船の輸送力も燃料不足と聯合国軍の妨害に因って急激に減少し、新船の建造及び損傷船舶の補修亦意の如く進捗せず、海上輸送力の斯くの如き機能の低下は、戦力の維持に甚大なる影響を与ふるに至りました
鉄道輸送力の方面に於きましても、車輛、施設等の疲弊に加へて、相次ぐ空襲に依り逐次に其の機能を低下し、動もすれば一貫性を失ふ傾向すらありまして、全体としての輸送力は本年中期以降に於きましては昨年度に比し、各般の努力に拘らず尚ほ二分の一以下に低減するを免れないものと予想せらるるに至りました
斯くの如き輸送力の激減に伴ひまして、石炭其の他工業基礎原料資材の供給は著しく円滑を欠くのみならず、南方還送物資の取得も殆ど不可能となり、之に加へて空襲に依る生産施設の被害の増大と作業能率の低下は、各産業に深刻なる影響を与へ、工業生産は全面的に下向の一途を辿り、軍官民の努力にも拘らず是が速かなる改善は望み難き状況となつたのであります
鉄鋼の生産は開戦当初に比し約四分の一以下に低下し、鉄鋼に依存する鋼船の新造補給も爾後多くを期待し得ざる状況となりました、又所在資材の活用戦力化も、小運送力の低下、配炭の不円滑等の事情に依り、減退の一路を辿るやうになりました
石炭に付きましても、出炭実績は益益悪化するに加へて、陸海輸送力の大幅低下に依り、供給は逐次減少し、是が為め中枢地帯の工業生産は全面的に下向き、本年中期以降是等の地蔕に於きましては相当部分運転休止を見るが如き由々しき事態の発生をすら予想せらるるに至つたのであります
又大陸工業塩の還送減少に伴ひ、「ソーダ」工業を基礎とする化学工業生産は加速度的に低下するの已むなきに至り、是が為め本年中期以降に於きましては、金属生産は固より、爆薬等の供給にも支障を生ずる虞なしとせざる危機に瀕したのであります
液体燃料に於きましても、既に日満支の自給力に依存するの外なき状況にありましたが、而も貯油の払底と拡充の困難に伴ひ、「アルコール」、松根油等の生産増強に異常なる努力を傾けましたにも拘らず、航空機燃料等の減少は、遠からざる将来に於て戦争の遂行に重大なる影響を及ぼさざるを得ない状況に立至つたのであります、一方航空機を中心とする近代戦備の生産も亦空襲の激化に因る交通及び生産施設の破壊と、各種材料、燃料等の不足に因り、在来方式に依る大量生産の遂行は遠からず至難を予想せらるるに至つたのであります
斯くの如く我が国力は急速に消耗し、本年五、六月の交に於きましては、近代戦を続行すべき物的戦力の基盤は極度に弱められ、軍官民相協力して凡ゆる対策を講じ、国力の恢復に異常なる努力を捧げましたが、近き将来に於て物的国力の徹底的転換を図ることは、漸く至難なるものあるを想はしむるに至りました、殊に沖縄戦の終末以来形勢は全く重大化するに至つたのであります
加ふるに長期に亘る戦争の結果、国民生活、特に食糧の面に於ける苦難は益益増加すると共に、「インフレーション」は逐次一般に浸潤せんとし、戦力の現況は戦争の前途に対し深甚なる考慮を要するに至りました
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軍事・経済・国民生活がことごとく崩壊状態であった有様を長々と「懺悔」しています。
そういう大事な話しはもっと早くしてくれなきゃ困るじゃないか。いまさら手遅れでしょ(~_~;)
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此の間我が特別攻撃隊は悲愴極りなき尽忠の精神を発揮して赫々たる偉勲を樹て、硫黄島、「フィリピン」、沖縄島等に於ける陸海の将兵亦一丸となつて奮戦力闘、克く進攻の聯合国軍に甚大なる出血を強要する等、我が陸海の精鋭は大東亜全戦域に亘り、一死以て皇国防護の大義に生くる伝統の勇武を発揮し、一億国民亦来るべき本土決戦に完璧の防衛態勢を以て、一挙に上陸聯合国軍を撃滅すべく軒昂たる意気を示したのであります、併しながら長期に亘る数々の決戦に於て、其の都度聯合国軍に至大なる損害を与へたりとは言へ、此の間皇軍の被りました創痍も亦決して少い数字ではないのであります、御手許に配付致しました表に依つて御覧の如く、海軍力及び航空勢力の消耗は甚大なるものがありました、何れも戦争遂行上重大なる影響を与へ、而も前述の如く国内生産の現状に於きましては、是が補充は意の如くならず、又陸上兵力に於きましては、大東亜各地に亘り作戦を続けて来たのでありますが、其の装備は漸く十全を期し難く、終戦時に於ける皇軍の物的戦力は逐次低下するの已むなきに至りました、之に対し厖大なる資源と工業力とを有する聯合国側の軍需補給力は愈愈増大し、特に欧洲に於ける「ドイツ」の屈伏後は、戦勝の余勢を駆つて全戦力を帝国の周辺に集中し来り、物的方面に於ける彼我戦力の相対的比率は、急速に均衡を破るに至りました、国力の現状は以上の如く、陸海の戦備も亦斯くの如く低下を見るに至りましては、徹底的勝利の確信も理論上に於ては遺憾ながら其の根拠を減少し、戦争の継続は正に容易ならざる階段に到達したのであります
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戦争の継続が著しく困難になった時期として、「本年(つまり1945年)の春頃」「本年五月頃」とやたらに連発していた理由がようやく見えてまいりました。
すなわち、この時期に枢軸国の仲間であったドイツが降伏してしまったので(1945年4月30日にヒトラー自殺、5月8日に降伏)、連合国の戦力が対日戦に集中されてしまい、戦力の均衡が破れてしまったのだと言いたいわけですね。
そもそも太平洋戦争の開戦自体が「彼我戦力の相対的比率」すら無視した暴挙だったことにはあまり触れたくないご様子です。
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一面聯合国航空機に依る我が本土の空襲は愈愈甚だしく、大都市は申すまでもなく、中小の諸都市は次々に壊滅し、戦災に因り家屋の焼失せるものは二百二十万に達し、負傷者は数十万を以て数へ、戦災者は一千万に垂んとするの惨状を呈しました、而も八月に入りまして聯合国軍は新たに原子爆弾を使用するに至り、其の攻撃を受けました広島、長崎両市の惨状は、眼も当てられぬ悲惨なものであります、其の残酷なる非人道的なる災禍の及ぶ所、延いては我が民族の滅亡を来し、世界の人類の文明も為に破壊に陥るを憂へしむるに至りました、加ふるに「ソ」聯は突如として我が国に宣戦し、国際情勢亦最悪の事態に到達したのであります
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そんなに空襲による犠牲がひどいのなら、速やかなる ご聖断を下されば、ここまで最悪の事態には到達しなかったわけで。
ところで、当時の日本政府の意図はさておき、ともかくも原爆投下による惨状を「残酷なる非人道的なる災禍」「世界の人類の文明も為に破壊に陥るを憂へしむるに至り」と糾弾していたことは記憶にとどめておくことにいたしましょう。
(次回に続く)