ここまで道徳的義憤をぶちまけてきた貴族院議員・二荒芳徳氏。
とはいえ議場で抽象論を振りかざすだけではまずいと思ったらしく、
「又思想の善導に、或は国粋を唱へ、或は愛国を唱へますけれども、其焦点にして真に我々昭和時代人の悩みを理解しない所の主義主張を云ふようなものは、果たして是れ真の愛国であり、国粋でありませうか」との前置きのもとに披露したのが、こんなエピソード。
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〇伯爵二荒芳徳君 ……私は昨秋京都に参りまして斯かる事例を聞いたのであります、……京都と滋賀の境に四明岳と云ふ比叡の一峰があるのであります、此四明岳に明治天皇の御聖徳標を建てやうという企があるのであります、而して此会の会員には皆著名な、殊に私共の尊敬する人々が入って居られるのでありますが、其四明岳の頌徳表の頂きには百万燭光の電気をつけまして、昼夜間断なく八洲を照らすと云ふ計画であるさうであります―――――
どうやら明治天皇の徳をたたえる記念碑か何かを建てようという計画らしい。
ここまでは特別な意外性はありません。
ただ、その「御聖徳(頌徳?)標」に「百万燭光の電気をつけ…昼夜の間断なく…照らす」、つまり一日中ライトアップをするなどと派手にぶち上げたのが、おそるべき波乱の幕開けでした。
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〇伯爵二荒芳徳君 ……然るに此計画に対しまして、京都大学の某教授は斯の如き巨大なる電灯をつける時には、あの附近に居る貴重なる鳥類は皆必ず此電灯に当って死んでしまふだろう、此事例は旅順の表忠塔に於て実験されて居る所であるが故に、斯かる事は適当なる計画ではないと云ふことを述べたさうであります―――――
昼夜を分かたぬ照明が生態系に悪影響を及ぼすという、まことにもっともな指摘をこの某京大教授氏はしたわけですが……。
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〇伯爵二荒芳徳君 ……私は固より明治天皇の御聖徳を表し奉る所の此企てに対して、決して不可を唱へるものではありませぬけれども、其大学教授が此言を或新聞に発表いたしました時に、其邸には石を放り込む者があり、又或者は其教授を脅かして、陛下の聖徳を称へまつることと、鳥類の死と云ふことと何れが重きかと云ふことを論じまして、さうして威嚇したと云ふことを聞いて居るのであります―――――
なんと、教授のお宅に石が投げ込まれたり、不敬だと脅迫されたりと、実力行使を伴う大バッシングを被ったといいます。
というかこれ、思想の善し悪し以前に刑法上の犯罪に近いのではなかろうか(*_*)
元宮内省高官の二荒伯ですが、さすがにこの事態には我慢がならなかったようで、痛烈な非難を浴びせます。
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〇伯爵二荒芳徳君 ……真に何が忠であり、何が愛国であるかと云ふことの標準を決める時には、所謂口舌の愛国者、唇と舌を弄ぶ所の愛国と云ふやうなことが、如何に昭和日本の進展を阻止して居るかと云ふことに思ひ至りますれば、我々は実に粛然として冷汗の背を潤はすものがあるのであります―――――
「唇と舌をもてあそぶ愛国」こそが「昭和日本の進展を阻止して」いる、「実に粛然として冷汗の背を潤はす」思いだとは、なかなかの表現力。
何かするとすぐ反日だ韓国だとバッシングに走る、いまどきのネトウヨや在特会の連中に聞かせてやりたい名言ではなかろうか!
(但し、忠や愛国の標準を政府がきちんと定めろと要求する文脈の中での発言なので要注意なのだが)
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〇伯爵二荒芳徳君 ……本員は茲に徒に総理大臣閣下に対しまして、反対党の叫びの如き、内閣倒壊を目的とすると云ふやうな痛撃演説を致すのではないのであります、併ながら……彼の政治腐敗、政治道徳の極端なる腐敗、政治家の節操の甚だしき廃頽と云ふものが国家百年の計の為に、如何なる結果を及ぼすかに想到いたしますならば、実に憂に堪へぬのであります、国粋、愛国は政治家の説く所に任せます、恐懼感激、そは諸公の観らるる、感ずる所に任せますけれども、若も此昭和の時代をして真に聖旨に副ひ奉るべく我々が努力をするならば、先づ内閣諸公に於て、真率なる御反省を私は希望して止まないのであります―――――
愛国を説く政治家が無節操に腐敗事件を起こしているようでは国家百年の計が危ぶまれる、まずは内閣が率先して反省せよとの嘆きが続きます。
うーむ、何やら現在の安倍自公政権の体たらくを彷彿とさせるものが。
とはいえ、時代とイデオロギーの相違を超えて感心するのはこのあたりまで。
二荒議員はこの先、
「大和魂は日本民族数千年鍛え鍛え上げたもの」とか、
「神社の崇敬と云ふことに付きまして、実習の方法、精神の作興を企て」云々とか、さらには国語問題に立ち戻って、間違った発音は文部当局がしっかり正せと要求する中で、
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〇伯爵二荒芳徳君 ……今の如く混乱を致して居るのは、其教育の当局が十分に発音と云ふことに付ての誤正をして居らぬからであります、即ち奥羽の諸教員は其土地の生れの人である限り、真に正しき日本語の発音をして居らぬのであります、……斯の如きことは実に日本の国語だけの問題ではなくして、我々民族の古い精神を辿り、信仰に帰依した所の所謂惟神の精神と云ふものを探究するには非常な損失であり、或意味に於て危険なことであると思ふのであります―――――
などと、東北方言をかなりバカにした演説を行い、最後にもう一度
「首相官邸はホテルではない」のだと建築物の好みに言及して、その高尚な道徳心に満ち溢れた質問を締めくくったのでありました。