#議事録を検索する100の方法
— 👮国会会議録パトロール🚓 (@kokkaipatrol) August 7, 2020
<2>議事録をプレビューする
ヒットした議事録をはじめから読むのも勿論一法。
ただ、キーワード目当てであれば、該当部分をすぐに確認し読みに行けるプレビュー機能(一括または個別で「展開」)が便利\( 'ω')/
テキスト版でもPDF版でも好みのほうでどうぞ(^_-)-☆ pic.twitter.com/2by5bsRAWz
2020/08/11
#議事録を検索する100の方法 <2>議事録をプレビューする
#議事録を検索する100の方法 <1>一番簡易な方法=キーワード欄にいきなり入力!
#議事録を検索する100の方法
— 👮国会会議録パトロール🚓 (@kokkaipatrol) August 5, 2020
1回目は、もっとも単純な検索方法の利点と欠点。
【成功例】
「桜を見る会」で163件ヒット!
どんなスリリングな議事録と出会えるか楽しみですね\( 'ω')/
【失敗例?】
「予算」で7万件以上ヒット💦
これでも素敵な出会いはありそうですが、もう少し工夫の余地あり。 https://t.co/eiKFaWYlyZ
#議事録を検索する100の方法 はじめに
*Twitterからの転載です
#議事録を検索する100の方法
— 👮国会会議録パトロール🚓 (@kokkaipatrol) August 4, 2020
昨年リニューアルした国会会議録検索システムhttps://t.co/8C4uayCT7O
でも機能が多すぎて却って使い方がわからなくなったという声も。
ヘルプhttps://t.co/NSiE1nPmijも膨大で読みにくい?
議事録オタクの私パトロールが気分の赴くままに各種機能を紹介します\( 'ω')/
2020/06/11
憲法の基礎知識~君主主権から国民主権へ【宮澤俊義 vs. 金森徳次郎】(その5)
シリーズ最終回です。
7、明治憲法第七十三条の憲法改正手続きに依ることは、新憲法が民定憲法であるとの建前と矛盾があるのではないか
日本国憲法の前文では、
「主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」
と謳う一方、手続き面では明治憲法の条項を利用する憲法改正として行われました。
このことから、憲法学的にどんな問題が具体的に生じてくるのか?が今回の主題です。
―――――
〇宮澤俊義君 ……最後に第七、民定憲法の建前と、此の度の憲法改正手続との関係は、どうであるかと云ふことであります、此の憲法改正草案は、国民が之を制定すると云ふ建前、所謂民定憲法、民が定める憲法と云ふ建前に立脚して居ります、此の事は三月六日の詔書でも、亦改正案の前文でも極めて明白であると思ふのであります、所で政府が此の憲法改正案は、明治憲法第七十三条に依るものとして取扱つて居られるのでありますが、是は民定憲法と云ふ建前と何処迄両立するでありませうか、明治憲法第七十三条は御承知の通り、所謂民定憲法の建前は採つて居りませぬ、憲法改正は議会の議決と、天皇の裁可に依つて成立する、と云ふ建前を採つて居ります、衆議院の速記録に依れば、金森国務大臣は、此の改正案は明治憲法第七十三条に依るものでありますから、勿論議会の議決の外に、天皇の裁可があつて初めて成立する、と説明していらつしやいますが、若しさうとすれば此の改正は貴族院の意思に反しても、又天皇の意思に反しても、成立することが出来ないと云ふことになるのであります、明治憲法第七十三条の建前から言へば当然さうなくてはならないのであります、併しさう云ふ建前に基く憲法改正、貴族院の意思に反しても、亦天皇の意思に反しても成立することが出来ないと云ふ憲法改正の前文が、どうして日本国民は此の憲法を確定すると宣言することが出来るのでありませうか、
―――――
大日本帝国憲法の第73条に基づいて改正を行うということは、新憲法を成立させ公布・施行するまでの間に、
・帝国議会(衆議院・貴族院の両院)による議決
・天皇による裁可
などが必要となります。
普通選挙により選出された衆議院はともかく、貴族院や天皇の許可がなければ新憲法が成立しないのでは、「国民が確定した憲法」(=民定憲法)という前文の建前とは矛盾するのではないか、というのが宮澤議員の指摘です。
天皇の「裁可」ですが、大日本帝国憲法第6条にも「天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス」との規定があります。
明治憲法下では、帝国議会が法律案を可決するだけではダメで、天皇による「裁可」の手続きがあって初めて法的効力が生じるという仕組みになっていました。
実際上は天皇が「裁可」を拒否した例はないようですが、とはいえ天皇が認めないと法令が発効しないというのは、民定憲法の建前と矛盾するのではという懸念が生じます。
因みに現在の日本国憲法をよく読むと、「前文」よりさらに前に「上諭」(じょうゆ)という文章と、国務大臣による「副署」が付されていて、
―――――
朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。―――――
御名 御璽
これが「上諭」ですが(下線は筆者)、やはり天皇が「裁可」して公布に至ったことがわかりますね。
2020/05/31
憲法の基礎知識~君主主権から国民主権へ【宮澤俊義 vs. 金森徳次郎】(その4)
もともとは令和元年を期しての改元記念企画だったのに、1年近いブログ放置で気付けば令和2年も半ば近くに😓
日本国憲法の基本原理の1つ「国民主権主義」をめぐる、1946年8月26日、第90回帝国議会貴族院での宮澤俊義議員vs.金森徳次郎国務大臣の論戦を題材にした連載第4回目。
いよいよ、宮澤先生のかの有名な学説「八月革命説」の核心部分が登場します!
おさらいしますと、宮澤議員が憲法学の専門家の立場から質したのは下記の7点でした。
(うち連載前回分までで1~5を取り上げました)
(うち連載前回分までで1~5を取り上げました)
1、ポツダム宣言受諾は、国民主権主義の承認を意味する
2、国民主権主義は、終戦までの憲法の根本とは原理的に異なるものである
3、新憲法草案は国民主権主義を採用しているはずだ
4、主権者たる国民の中に天皇が含まれるとの説明は不適当である
5、国民主権主義の承認を核心とする新憲法は、従来の国法上は「国体の変革」にあたる
6、国民主権主義の採用を内容とする憲法改正は、明治憲法第七十三条の手続きに依っていると同時に、それを超えて行われるものである
7、明治憲法第七十三条の憲法改正手続きに依ることは、新憲法が民定憲法であるとの建前と矛盾があるのではないか
2、国民主権主義は、終戦までの憲法の根本とは原理的に異なるものである
3、新憲法草案は国民主権主義を採用しているはずだ
4、主権者たる国民の中に天皇が含まれるとの説明は不適当である
5、国民主権主義の承認を核心とする新憲法は、従来の国法上は「国体の変革」にあたる
6、国民主権主義の採用を内容とする憲法改正は、明治憲法第七十三条の手続きに依っていると同時に、それを超えて行われるものである
7、明治憲法第七十三条の憲法改正手続きに依ることは、新憲法が民定憲法であるとの建前と矛盾があるのではないか
残る論点6と7は、憲法改正手続きに関する質問です。
なぜこれが大問題になるのかは、憲法学に親しみが薄いとわかりにくいのですが、このあたりはおいおい考えていきます。
第73条 将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ
2 此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノニ以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス
1項が明治憲法改正案を発議する手続きを定め、2項で改正案を帝国議会が審議する際の定足数等を定めています。
注目されるのは、憲法改正案は「勅命をもって」、つまり天皇の権限によって議会に付されるということでしょうか。
繰り返しますが、明治憲法では天皇が「統治権を総攬」(第4条)する主権者であり、かつ憲法制定権者でもあるので、改正手続きについてもしかるべき地位が与えられています。
(とはいえ、憲法の案文を天皇自ら書き上げるなどは帝国憲法下でも絶対に考えられず、実際には政府が作りあげた憲法の案を「勅命」という形で発することになる)
因みに、同じ明治憲法第7章「補則」には、
「第75条 憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス」
との条文もあります。
摂政を置くときとは、天皇が病気等で権限の行使や意思表示ができない状況ですので、主のあずかり知らぬ間に勝手に憲法を変えてはいけないよ!ということなのでしょうか。
いずれにしても、大日本帝国憲法には「憲法改正」の条項があるとはいえ、「君主主権主義」の範囲内での手続きとして想定されているのがポイントです。
ところが1946年に帝国議会に提出された「帝国憲法改正案」は、日本の敗戦と「ポツダム宣言」受諾という激動の情勢を背景に、「国民主権主義」を採用したものでした。
こうしたことから、「君主主権主義」を前提とした明治憲法第73条を使って、「国民主権主義」の憲法を生み出すことは可能か?
という、憲法学上の大問題が提起されるわけです。
一般庶民の側からすると、実生活上のというよりは法理論上の論点なので、いささかわかりにくい面はあるのですが、理論や手続きをないがしろにしてはいけないという憲法学者の熱意ゆえの質問なので、興味か根気のある人はお付き合い願います。
前置きが長くなりました。
宮澤議員の演説を見てみましょう。
6、国民主権主義の採用を内容とする憲法改正は、明治憲法第七十三条の手続きに依っていると同時に、それを超えて行われるものである
―――――
〇宮澤俊義君 ……次に第六点、明治憲法第七十三条に依つて、国民主権主義の採用を内容とする、憲法改正が許されるかと云ふことであります、従来学説では、明治憲法第七十三条に依つて、所謂国体の変革を定めることは許されないとせられて居ります、即ち明治憲法は治安維持法に所謂国体の原理に立脚して作られたものでありますから、其の定める憲法改正手続に依つて、其の国体変革を定めることは、論理的に矛盾であり、法律的には許されないと解されたのであります、従つて若し終戦以前に於て、何人かが此の憲法改正案と同じ内容を持つものを提案したと仮定するならば、其の者が治安維持法違反として、罰せられるかどうかは別としまして、少くとも彼の憲法改正の提案は、恐らく憲法上許されないと考へられたと思ひますが、政府はどう御考になるでせうか、私は此の度の憲法改正草案は、其の前提として「ポツダム」宣言受諾に依つて齎された、我が国の政治体制上の根本的な変革、此の変革は学問的意味に於て、之を革命と呼んでも宜いと思ひますが、其の言葉が若し誤解を招く虞があるとするならば、之を一つの超憲法的な、憲法を超えた変革と呼んでも宜いかと思ひますが、さう云ふ変革を考へなくては、それが憲法上許される所以を説明することが出来ないと思ひます、即ち此の度の憲法改正は、単純な明治憲法第七十三条に依る憲法改正ではなくて、終戦に依つて行はれた、超憲法的な変革に基き、其の根拠の上に、明治憲法第七十三条に依つて、併し同時にそれを超えて行はれる、憲法改正だと思ふのでありますが、如何でありませうか、―――――
「ポツダム宣言」受諾によって、「革命」とでも呼ぶべき「超憲法的」な体制変革があったため、従来は憲法上許容されなかった(ことによると治安維持法違反にも問われかねない)憲法改正が可能になった。
だから今回の憲法改正は、明治憲法第73条に依拠しつつも、それを超えて行われると法理論上整理しておくべきだというわけ。
これが「八月革命説」です。
さて、次に金森国務大臣の答弁ですが、結論から言うと、「八月革命説」には与しない立場が鮮明です。
―――――
〇国務大臣(金森徳次郎君) ……第六の質問と致しまして、憲法七十三条に依つて国民主権主義の採用を内容とする憲法改正を行ふことが出来ないではないか、斯う云ふ御尋であつたやうに思ひます、若しも日本の此の本当の意味の主権が、此の前後に於てはつきり変つたものと致しまするならば、宮沢君の御質疑の如く七十三条に依つて今回の憲法改正を為すことが、種々なる疑惑を伴つて来る余地があらうと存じます、併し私共は其の前提を異にして居るのでありまして、日本の主権は実質的には変つて居ないと考へて居りまするが故に、憲法七十三条を通じて此の憲法改正案が議会に提出せらるる其の手続の上に於て一点の疑はしき点は伏在して居ないと考へて居るのであります、日本の国家は過去も現在も其の本質に於ては変る所はありませぬ、従つて其の基本の本質に従して前の憲法を基礎として、其の条項に基いて、新たなる憲法の改正案が立法の機関に付せられると云ふことに一点の疑も持つては居りませぬ、―――――
金森国務大臣も「日本の…主権が…はっきり変わったものと致しまするならば」、宮澤議員の指摘が正しいと認めているように、ここでもやはり争点は、憲法上の主権者が「君主」から「国民」に変わったことを正面から認めるか否かです。
政府側の立場は、日本国家の本質は明治憲法でも新憲法でも変わらない、だから明治憲法第73条の手続きに依ることに疑念が生じることもないという回答でした。
(続く)
2019/07/07
憲法の基礎知識~君主主権から国民主権へ【宮澤俊義 vs. 金森徳次郎】(その3)
前回の続きです。
宮澤議員はここまで(1~4問目)の質疑で、今後の日本の国家制度が天皇(君主)主権から国民主権へと大転換することを、ポツダム宣言や憲法改正案(現在の日本国憲法)の条文に即して確認してきました。
今回見る第5問目では、新憲法によって採用される「国民主権主義」は、戦前の法体系の下にあっては断じて許されざるものとされた「国体の変革」に当たるものだとの論点が提起されます。
5、国民主権主義の承認を核心とする新憲法は、従来の国法上は「国体の変革」にあたる
ところでこの「国体」という語は、論者によって定義がまちまちなまま用いられていました。
宮澤氏はその混迷を一掃すべく、
「問題と私が致しますのは、……従来……国法上、国体とせられて来たものが変つたかどうかと云ふこと」
だと論点を整理するところから始めます。
―――――
続いて宮澤議員は、「国体の変革」を処罰した悪名高い「治安維持法」の条文解釈を援用。
従来の「国体」とは、すなわち
「万世一系の天皇が君臨し、統治権を総攬」
する体制のこと。
これが新憲法の国民主権主義の承認によって影響を受けるのか否かが肝心なのだと、ことの核心を直撃します。
―――――
さらに宮澤氏は、これまでの政府答弁を検討。
政府は言葉の上では新憲法によって国体が変革されることをかたくなに否定した一方で、天皇が「統治権の総攬者」の地位を失うことは認めていました。
このように天皇の地位が変わることは、国法上の意味での「国体の変革」に当たることは明らかではないかと問いかけます。
―――――
ところで、なぜ日本政府はここまで頑迷に新憲法による「国体の変革」を認めたがらないのか?
その背景には、政府が「ポツダム宣言」受諾に際し、あくまで「国体護持」に執念を燃やしていたという事情がありました。
しかし、「ポツダム宣言」受諾時にどのような経緯があったにせよ、新憲法で国民主権主義の採用する以上は、
「少くとも天皇の統治の総攬者たる地位を廃止した、新憲法の下に於ては、さう云ふ意味の国体は決して健在ではあり得ない」
のです。
―――――
宮澤議員が、この第5問目の締めくくりにあたって強調するのは、"天皇の地位が変わるなんてショックだ"という議論への痛烈なお説教です。
曰く、このような感情論に引きずられて、日本の民主化という大変革を不徹底に終わらせてはならない。
センチメンタリズムを捨てて、冷たい真実に直面せよ!
というわけ。
―――――
さて、この第5問目への政府答弁を確認致しましょう。
例によって金森大臣は、国民主権主義について、
「過去に於ては潜在的にさうであつた、将来に於ては現在的に、顕在的に、顕はれたる姿に於てさうであると云ふだけでありまして、本質的に変化はないもの」
などと、表面上は逃げているような印象を受けます。
但し、さすがは憲法学の専門家というべきでしょうか、
「今回の憲法の改正に依つて、所謂治安維持法等に解釈せられて居つた国体は変つたかどうか、……其の意味に於きましては国体は変つたと御返事して宜いと思ふ」
と、一番肝心なポイントについては、宮澤議員の指摘を正面から受け止め、大変重要な答弁をしています。
議員の質問に政府答弁が全くかみ合わないという、現在の安倍政権下の国会論戦とは大違いのレベルの高さですねー。
―――――
(続く)
宮澤議員はここまで(1~4問目)の質疑で、今後の日本の国家制度が天皇(君主)主権から国民主権へと大転換することを、ポツダム宣言や憲法改正案(現在の日本国憲法)の条文に即して確認してきました。
今回見る第5問目では、新憲法によって採用される「国民主権主義」は、戦前の法体系の下にあっては断じて許されざるものとされた「国体の変革」に当たるものだとの論点が提起されます。
5、国民主権主義の承認を核心とする新憲法は、従来の国法上は「国体の変革」にあたる
ところでこの「国体」という語は、論者によって定義がまちまちなまま用いられていました。
宮澤氏はその混迷を一掃すべく、
「問題と私が致しますのは、……従来……国法上、国体とせられて来たものが変つたかどうかと云ふこと」
だと論点を整理するところから始めます。
―――――
〇宮澤俊義君 ……次に第五点であります、国民主権主義の承認を核心とする新憲法は、国体にどう云ふ影響を与へるかと云ふことであります、此の点は只今板倉議員から詳細に御尋がありましたが、私も稍稍違つた角度から簡単に御伺ひしたいと思ひます、国民主権主義を核心とする新憲法が国体にどう云ふ影響を及したかと云ふことは、衆議院で多いに論議せられた所であります、金森国務大臣は、只今此の壇で仰しやつたやうな意味に国体と云ふ言葉を理解せられ、其の意味の国体は此の憲法改正に依つて少しも変つて居ないと説明して居られます、此の説明は、先程の板倉議員の御言葉通りに私も賛成致します、併し此処で問題と私が致しますのは、さう云ふ意味の国体でなくして、従来私が国法上、国体とせられて来たものが変つたかどうかと云ふことであります、国体と云ふ言葉が学者に依つてどう用ひられて来たか、或はそれは正しくは寧ろ政体として呼ばるべきではなかつたかと云ふやうな問題は暫く別と致します、茲では成文法に依り、或は政府に依り、公式に、公に用ひられた国体の概念を問題と致します、―――――
続いて宮澤議員は、「国体の変革」を処罰した悪名高い「治安維持法」の条文解釈を援用。
従来の「国体」とは、すなわち
「万世一系の天皇が君臨し、統治権を総攬」
する体制のこと。
これが新憲法の国民主権主義の承認によって影響を受けるのか否かが肝心なのだと、ことの核心を直撃します。
―――――
〇宮澤俊義君 ……国体と云ふ言葉が成文法に現れましたのは、恐らく治安維持法が最初でありませう、処で治安維持法に所謂国体とは何を意味するかに付て、丁度今朝程の朝日新聞に出て居りましたやうに、大審院は斯う説明して居ります、「我が帝国は万世一系の天皇君臨し統治権を総攬し給ふことを以て其の国体となし、治安維持法の所謂国体の意味も亦斯くの如く解すべきものとす」さうして此の解釈は恐らく我が成文法上の国体概念の説明として多くの人の賛成する所であらうと思ひます、尤も大審院の判例の中にも多少是と違つたのもございまして、例へば朝鮮の独立運動などを致しましたことを以て、治安維持法第一条の国体の変革に該当すると云ふことを引用した、解釈と判例もあります、さうして有力な学説として之を支持する者もありますが、是は恐らく多数の人の賛成は得て居ないと思ひますから、別と致しまして、只今言ひましたやうな国体、金森国務大臣の仰しやるやうな国体ではなくて、従来我が国が治安維持法に依つて、其の変革を厳禁しようとした所の国体、即ち万世一系の天皇が君臨し、統治権を総攬し給ふとする原理は、国民主権主義を核心とする新憲法に依つて、果してどう云ふ影響を受けるでありませうか、是が問題であります、―――――
さらに宮澤氏は、これまでの政府答弁を検討。
政府は言葉の上では新憲法によって国体が変革されることをかたくなに否定した一方で、天皇が「統治権の総攬者」の地位を失うことは認めていました。
このように天皇の地位が変わることは、国法上の意味での「国体の変革」に当たることは明らかではないかと問いかけます。
―――――
〇宮澤俊義君 ……金森国務大臣は新憲法の下では、天皇は統治権の総攬者たる地位は持つて居られないと言つて居られます、従つて私が此処で申すやうな意味の国体は、新憲法に依つて変つて居ると云ふことを、承認していらつしやることと思ひます、(拍手)衆議院での金森大臣の御答弁の中でも、勿論国体が変つたと云ふ御言葉はありませぬが、さう云ふ趣旨は明瞭に読み取ることが出来ると思ふのでありますが、どうでありませうか、―――――
ところで、なぜ日本政府はここまで頑迷に新憲法による「国体の変革」を認めたがらないのか?
その背景には、政府が「ポツダム宣言」受諾に際し、あくまで「国体護持」に執念を燃やしていたという事情がありました。
しかし、「ポツダム宣言」受諾時にどのような経緯があったにせよ、新憲法で国民主権主義の採用する以上は、
「少くとも天皇の統治の総攬者たる地位を廃止した、新憲法の下に於ては、さう云ふ意味の国体は決して健在ではあり得ない」
のです。
―――――
〇宮澤俊義君 ……是は終戦当時、所謂国体の護持が問題とせられました昨年の八月十日、下村情報局総裁が、政府は国体の護持と民族の名誉の為に、最善の努力をしつつあると云ふ、あの悲痛な声明を発しましたことは、尚私共の記憶に新たな所であります、其の同じ日に、我が政府は「ポツダム」宣言が、主権的な統治者としての天皇の大権を害するやうな要求を包含して居ないとの了解の下に之を受諾する用意がある、と云ふことを聯合国に申入れました、茲に主権的な統治者としての、「ソヴリン・ルーラー」としての、天皇の「プリロガティヴ」と云ふ表現は、頗る明確を欠くのでありますが、其の前後の事情の下に之を解すれば、それが当時護持を叫ばれて居た所の、国体を意味することは明瞭である、而も其処に所謂国体は、決して金森国務大臣の言はれるやうな国体ではなくして、寧ろそれ迄国法上用ひられて居た意味の国体、即ち治安維持法で其の護持を保障した所の国体と、略略同じ意味であつたと思ひます、果してさうであるとすれば、日本の最終の統治形態が、自由に表明せられた人民の意思に依つて決定されるとする原理を承認し、国民主権主義を採用することは、理論的に見て、其の意味の国体に根本的な変革を与へることと言はなくてはならぬと思ひますが、如何でございませうか、八月十四日の終戦の詔書には、「国体を護持し得て」と云ふ御言葉が拝されるのでございますが、主権的統治者としての「ソヴリン・ルーラー」としての、天皇の「プリロガティヴ」は、無条件降伏に依つて、重大な侵害を加へられたのではないでありませうか、少くとも天皇の統治の総攬者たる地位を廃止した、新憲法の下に於ては、さう云ふ意味の国体は決して健在ではあり得ないのではないでせうか、―――――
宮澤議員が、この第5問目の締めくくりにあたって強調するのは、"天皇の地位が変わるなんてショックだ"という議論への痛烈なお説教です。
曰く、このような感情論に引きずられて、日本の民主化という大変革を不徹底に終わらせてはならない。
センチメンタリズムを捨てて、冷たい真実に直面せよ!
というわけ。
―――――
〇宮澤俊義君 ……此の点に関聯して、国体の変革を承認することは、日本民族又は日本国家の同一性を否定する、と云ふやうな見解があるやうでありますが、是は不当であると思ひます、治安維持法に所謂国体が変つたとしましても、又終戦当時護持を叫ばれた国体が変つたとしましても、日本民族は依然として日本民族であり、日本国家は依然として日本国家であります、民族としての同一性、国家としての継続性は、それに依つて少しも傷つけられることはないのであります、(拍手)国体が護持され得なかつた、国体が変更されたと云ふことを正面から承認することは、多くの国民の感情に多大の「シヨック」を与へるかも知れませぬ、其の意味に於て、政府がそれを正面から承認することを避けようとする御気持は、十二分に了解されるのでありますが、日本の政治の民主化と云ふ大変革を、国民全部の心の中に徹底させる為には、さうして先程板倉議員の御使になつた言葉でありますが、「センチメンタリズム」を捨てて、冷たい真実に直面することが必要ではないでせうか(拍手)、―――――
さて、この第5問目への政府答弁を確認致しましょう。
例によって金森大臣は、国民主権主義について、
「過去に於ては潜在的にさうであつた、将来に於ては現在的に、顕在的に、顕はれたる姿に於てさうであると云ふだけでありまして、本質的に変化はないもの」
などと、表面上は逃げているような印象を受けます。
但し、さすがは憲法学の専門家というべきでしょうか、
「今回の憲法の改正に依つて、所謂治安維持法等に解釈せられて居つた国体は変つたかどうか、……其の意味に於きましては国体は変つたと御返事して宜いと思ふ」
と、一番肝心なポイントについては、宮澤議員の指摘を正面から受け止め、大変重要な答弁をしています。
議員の質問に政府答弁が全くかみ合わないという、現在の安倍政権下の国会論戦とは大違いのレベルの高さですねー。
―――――
〇国務大臣(金森徳次郎君) ……次に第五の点と致しまして、国民主権主義の採用は国体にどう云ふ変化を与へたか、其の点は国民主権主義の採用から国体にどう云ふ変化を与へたか斯う云ふ風に仰せられますると、稍稍御答に苦しむ次第でありまして、私共の認識は主権が国民に在ると云ふことは、過去に於ては潜在的にさうであつた、将来に於ては現在的に、顕在的に、顕はれたる姿に於てさうであると云ふだけでありまして、本質的に変化はないもののやうに思つて居ります、従つて之に対しましての御答は申上兼ねまするが、多分御趣旨の次第は、今回の憲法の改正に依つて、所謂治安維持法等に解釈せられて居つた国体は変つたかどうか、斯う云ふ御質疑であらうと存じます、其の意味に於きましては国体は変つたと御返事して宜いと思ふのであります、―――――
(続く)
2019/06/15
憲法の基礎知識~君主主権から国民主権へ【宮澤俊義 vs. 金森徳次郎】(その2)
前回の続き。
明治憲法の「君主主権主義」と、新憲法下の「国民主権主義」との区別を曖昧にしかねない答弁を繰り返した当時の日本政府。
宮澤俊義議員は、
「(明治憲法を)国民主権主義と言ふならば、どのやうな国家も苟くもそれが多少でも断続的生命を有する限り、総て国民主権主義であると言はなくてはならなくなりますし、それでは君主主権主義と国民主権主義との原理的な区別は全く意味を失つてしまふ」
と、政府の態度を厳しく批判していました。
なお、前回見た部分は「ポツダム宣言」受諾と主権の所在の関係が主論点でした。
対してここから先の何問かは、1946年当時審議中の憲法改正案の規定に焦点が移っていきます。
3、新憲法草案は国民主権主義を採用しているはずだ
宮澤氏はここで、憲法改正案の条文を見れば国民主権主義が採用されていることは明白であると思うがどうかと、基本点の確認を行っています。
―――――
なお、宮澤氏が言及している政府原案と衆議院修正についても簡単に。
天皇(明治憲法ではこちらが主権者だった)の地位と、国民(新しく主権者になったのがこちら)の関係性を規定した、極めて重要な条文が第一条です。
ところが政府が帝国議会に提出した改正原案では、
そこで衆議院の審議で修正され、
「新憲法は国民主権主義だ」というシンプルなこの問いには、さすがの金森大臣も難解な論理を繰り出す余地はなく、ほぼ素直に事実関係を認める答弁をしています。
―――――
4、主権者たる国民の中に天皇が含まれるとの説明は不適当である
明治憲法の「君主主権主義」と、新憲法下の「国民主権主義」との区別を曖昧にしかねない答弁を繰り返した当時の日本政府。
宮澤俊義議員は、
「(明治憲法を)国民主権主義と言ふならば、どのやうな国家も苟くもそれが多少でも断続的生命を有する限り、総て国民主権主義であると言はなくてはならなくなりますし、それでは君主主権主義と国民主権主義との原理的な区別は全く意味を失つてしまふ」
と、政府の態度を厳しく批判していました。
なお、前回見た部分は「ポツダム宣言」受諾と主権の所在の関係が主論点でした。
対してここから先の何問かは、1946年当時審議中の憲法改正案の規定に焦点が移っていきます。
3、新憲法草案は国民主権主義を採用しているはずだ
宮澤氏はここで、憲法改正案の条文を見れば国民主権主義が採用されていることは明白であると思うがどうかと、基本点の確認を行っています。
―――――
〇宮澤俊義君 ……次に第三点、新憲法草案は右に述べたやうな国民主権主義を採用して居ると思ふがどうかと云ふ点であります、是は憲法の前文、其の他から言つて極めて明瞭であると思ふのであります、前文及び第一条の字句に付て衆議院で多少の修正が行はれました、私は此の修正が絶対に必要なものであつたとは必ずしも考へないのでありますが、唯一部には政府原案のやうな表現は必ずしも単純な国民主権主義を意味せず、多かれ、少なかれ、それとは違つたものを意味すると云ふ見解が行はれ、現に此の憲法改正案の定める国民主権主義は君民共治主義であるとか、更にそれは必ずしも天皇主権主義と根本的に違ふものでないと云ふやうな見解迄認められた位であります以上、さう云ふ誤解乃至は曲解の生ずる余地を防ぐ為には、此の修正は適当であつたと言へようと思ひます、併し何れにせよ、憲法改正案が国民主権主義を採用して居ることは、此の修正の有無に拘らず明白であり、又それは「ポツダム」宣言受諾に依つて最終的統治形態が、自由に表明せられた人民の意思に依つて定まるとする原理を承認した日本の憲法改正案としては、当然の態度であると思ふのでありますが、如何がでありませうか、―――――
なお、宮澤氏が言及している政府原案と衆議院修正についても簡単に。
天皇(明治憲法ではこちらが主権者だった)の地位と、国民(新しく主権者になったのがこちら)の関係性を規定した、極めて重要な条文が第一条です。
ところが政府が帝国議会に提出した改正原案では、
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、日本国民の至高の総意に基く。という表現ぶりになっていて、これでは新憲法下での主権の所在が不明確だと批判が噴出。
そこで衆議院の審議で修正され、
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。という現行の条文に落ち着いたという経過があったのでした。
「新憲法は国民主権主義だ」というシンプルなこの問いには、さすがの金森大臣も難解な論理を繰り出す余地はなく、ほぼ素直に事実関係を認める答弁をしています。
―――――
〇国務大臣(金森徳次郎君) ……第三に憲法改正案は国民主権主義を採用して居ると信するが如何か、是は御説の通りであります、国家の意思の源泉は国民の全体に在ると云ふ原理を採る、其の原理に基いて政府原案も、又衆議院の修正に依りまする文章も記述せられて居る訳であります、―――――
4、主権者たる国民の中に天皇が含まれるとの説明は不適当である
登録:
投稿 (Atom)
「索引」事件簿File.5【索引編集は臨時的な仕事ではない】 #国会会議録の使われ方 その11
「索引」事件簿File.5【索引編集は臨時的な仕事ではない】 シリーズ第9回 では、1960年代から国会会議録の「総索引」が編纂されるようになった(従来の「索引」からの拡充が図られた)こと、 シリーズ第10回 では、1970年代からは国会の業務にもコンピューター化の波が押...
-
国会会議録「索引」を実際に使ってみた 本シリーズの1回目 では、 ・検索システムがなかった時代は、「索引」が国会会議録利用者の頼みだった ・「索引」は、発言者別あるいは事項別といった括りで編纂されていた ・会議録本文に先立ち、「索引」だけはいち早くデータベース化されてい...
-
「索引」事件簿File.1【120年前の誤記載】 本連載ではこれまで、検索システムの運用開始以前は「索引」をもとに国会会議録の利用が行われていたことを述べてきました。 現在では影の薄い存在ですが、「索引」が重要性を保っていた時代には、その作成や利用めぐって数々の事件 (これが...
-
議会政治史の一愛好家が、古今の国会会議録をひたすら発掘していきます。 初回のテーマは「一億総懺悔」。 ときは大日本帝国敗戦直後、第88回帝国議会 [1] における東久邇宮稔彦総理大臣 [2] の演説です。 [1] 第88回帝国議会 内閣が戦争終結経緯を議会へ説明す...