審議の材料が速記録しかなかった件
"現在と比べると"閲覧するのに一苦労だったというかつての国会会議録。
とはいえ、何だかんだ言っても会議録(議事速記録)は、国会(帝国議会)の議員たちにとって比較的入手しやすい資料でもあったようです。
それどころか帝国議会の様子をよくよく見ていきますと、速記録をもっぱらの頼りに法案審査に臨んだという場面も出てきます。
またそこでは、貴衆両本会議の「議事速記録」の優れた速報性により、数日後には次の議会審議へと反映されうる環境があったことも見えてまいります。
決闘罪処罰軽減法案の審議から(1900年、帝国議会)
明治33(1900)年の第14回帝国議会に、「決闘罪処分法中改正法律案」なる議案が上程されました。(なお、衆議院の審議途中で件名が「明治二十二年法律第三十四号中改正法律案」へと変更)
刑法とのバランスを考慮して、決闘罪への刑罰をもっと軽くすべきという大義名分で提出された、衆議院の議員立法です。
その刑罰を「軽くする」という度合もかなり大胆なもので、たとえば、
「第二条 決闘ヲ行ヒタル者ハ二年以上五年以下ノ重禁錮ニ処シ二十円以上二百円以下ノ罰金ヲ附加ス」
という現行の条文を、
「第二条 決闘ヲ行ヒタル者ハ一月以上一年以下ノ重禁錮ニ又ハ四円以上四十円以下ノ罰金ニ処ス」(衆議院修正後の条文案)
すなわち、重禁錮の期間を大幅に短縮の上、罰金を付加する条件から「又は」に置き換えるという提案です。
また、同法案が審議されたのは第14議会の会期末であり、
2月14日(水) 衆議院 審議入り(特別委員に付託)
2月16日(金) 衆議院 委員会審議
2月19日(月) 衆議院 本会議(委員長報告と採決)
2月21日(水) 貴族院 審議入り(特別委員に付託)
2月23日(金) 貴族院 委員会審議/本会議(委員長報告と採決) <同日に会期終了>
という、なんとも慌ただしい日程でありました。
衆議院では「異議なし」で可決、貴族院では「起立者なし」で否決
法案審査自体も実にあっさりしたもの。
衆議院本会議での委員長報告(木村格之輔議員=憲政本党)にしても、
①政府はこの法改正案に同意しなかった
②だが、決闘罪が刑法との権衡を失していることは政府も認めた(政府としては刑法改正時に是正するつもり)
③ならば決闘罪は改正するのが当然だ
くらいしか触れていません。
〇木村格之輔君(百七十三番)
極簡単に本案委員会の経過を御報告致します、委員会に於きましては御手許に御回し申しました通修正可決致したのであります、それで唯政府の意向だけを諸君にちょっと御報道致します、政府に於ても此案の此元の決闘罪に対する罪の権衡を失して居ると云ふことを認めて居る、認めて居るけれども、是は刑法の改正のときにやる積であるからと云ふので同意をせなかったのであります、併し既に法律の不均衡なることを、認めました以上は、直ちに之を引直すと云ふことは当然のことでありますから、委員会の修正の通決議あらんことを望みます
出典:国立国会図書館「帝国議会会議録検索システム」、強調筆者(@kokkaipatrol) |
<WARNING!>
当時の議事速記録で「明治二十九年法律第三十四号中改正法律案」となっているのは明らかな誤記で、正しくは「明治二十二年」。
衆議院の議事速記録では他の箇所でも「明治二十九年」と誤記されており、利用時に要注意。
衆議院では前述の委員長報告の後、すぐに読会省略の動議があり、「異議なし」で衆議院は難なく通過。
ところが一転、4日後(2月23日)の貴族院本会議では「起立者なし」(=賛成者なし)で同法案が否決されてしまいます。
両院の構成がまったく異なる帝国議会では、議決の食い違いは珍しくありませんでしたが、とはいえなかなか極端な結果ですね。
衆議院の「議事速記録」を4日後には貴族院で活用
ここまで述べような事情も念頭に、貴族院側の議事速記録、特に2月23日の委員長報告(子爵曾我祐準 [そが・すけのり] 議員)を眺めてみると、当時の議会審議の一端が垣間見える発言がチラホラと出てまいります。
〇子爵曾我祐準君
明治二十二年法律第三十四号中改正法律案、此案の委員会の結果を報道致します、本案は今日諸君も御承知の通り午前の会議中退席を願って委員は審査を致しました、此案は何事の案かと申しますれば決闘に係る案であります、 [中略] 二十二年の此決闘に対する法律を非常に軽くすると云ふ案であります、それで勿論是は衆議院案のことでありますに依って如何なる理由で此必要を認めたかと云ふことは分かりませぬ、衆議院案のことでございますから……併ながら速記録抔[など]に拠[よ]って見ますると他の刑法に対して決闘を比較的重く見て居る、それで権衡を失して居る、と言ふやうなのが精神らしいであります、それで政府委員も同意したとはありませぬけれども……同意してはありませぬ、刑法の修正は追々必要を認めて居るが是のみ今改正することは賛成しなかったと云ふやうに答へられて居るやうであります、貴族院の委員会に於ては今日でありまして政府委員に其席に出て貰ひまして意見を聞く暇がございませぬでありました、何分御承知の通り非常に急ぎましたから、唯今までも時間が掛るやうでございましたら十分に調査も出来ましたらうが、之を調査しまする時分には左程時間があらうとも思ひませぬでありましたに依って、政府委員に委[くわ]しい説明を請ふ暇もありませぬ、それで委員会の決議は一向此案には賛成を誰も致しませぬ、今日別に之を軽くする必要は認めない、それに依って委員会に於きましては是は否決すべきものと委員一同一人の不同意者もなく否決と極[きま]りましてございます、此段御報告を致します
出典:国立国会図書館「帝国議会会議録検索システム」 |
出典:国立国会図書館「帝国議会会議録検索システム」、強調筆者(@kokkaipatrol) |
この曾我委員長報告から読み取れそうなこととしては、
①衆議院から出た議員立法の趣旨を貴族院側はよく知らない(帝国議会では、もう一方の院から送付されてきた議員立法の場合、提案者自らが出席しての趣旨説明は行われていなかった様子)
②貴族院の特別委員としては、決闘罪に対する政府の立場を重視しており、政府委員から意見を聴取したかったのだが、会期中最後の本会議に間に合わないと思い断念した(ところが本会議の議事が遅延していたため、結果論としては政府委員出席のもと法案を審査する時間を確保することは可能だった)
③従って、委員会の審査にあたっての情報源としては、衆議院の速記録のみに頼らざるを得なかった(提出者の意思も政府委員の意見も、速記録によって間接的にその概略を知った)
④特別委員で相談した結果、本改正案は不要であり否決すべしと全員一致で意見がまとまった
ということになりましょうか。
2月23日に貴族院の曾我委員長が参照したという「速記録」は、衆議院・木村委員長の報告を掲載した2月19日の議事速記録で間違いないでしょう。
例の葦名ふみ様の論文『「国会会議録」前史 : 帝国議会 議事録・委員会の会議録・速記録・決議録の成立と展開』によりますと、帝国議会の『本会議の議事速記録は、官報の号外として公表され(議会開設当初の例外を除く)、会議の翌日付の官報に掲載された。』(「レファレンス」2013年1月号、p.70)という極めて速報性の高いものでした。4日後の議会審議に反映させることも十分に可能であったと推測されます。
こういう何気ないところにも、国会会議録にまつわる歴史や、そのときどきの会議録ユーザーの姿がふいに顔を出すもので、面白いなあと思います。
以上のいきさつを経て、「明治二十二年法律第三十四号(決闘罪ニ関スル件)」は存続することとなりました。
その後、刑法のほうは諸般の改変がありましたが。決闘罪についてはその改廃に関する議案が上程されることはなかったようです。
結果、130年以上前の条文が一度も変更されることなく、そのまま生き続けて今日に至っています。
おまけ:決闘を処罰すると国民・国家の元気を害する!?――衆議院委員会会議録から
ところで、ここまでは本会議の議事速記録がどのように利用法されていたかに焦点を当ててきたため、委員会審議への深入りは避けてきました。
しかしながら、決闘罪改正案に関する衆議院の委員会会議録(残念なことにこの委員会には速記官が付いておらず、要約版の会議録なのですが)を調べてみますと、なかなか驚くような論戦が展開されていますので、ついでにご紹介いたします。
まずは2月16日の委員会から。
決闘罪の処罰軽減法案提案者であり、特別委員長でもあった木村格之輔氏の発言です。
〇委員長木村君
決闘は双方の契約に依りて為すものなり然るに刑法の規定に於ける一般の犯罪例へは自殺に関する罪の如きに比し其の刑を重く為したる理由如何
刑法との比較で刑が重すぎるという主張はともかく、「決闘は双方の契約」だからという理由付けは、素人的にはやや意表を衝かれました。
衆議院の本会議では委員長報告に「異議なし」で通過した同法案ですが、委員会のほうでは実は委員の意見が割れていて、最後は委員長裁決により可決したそうですから、木村氏の発言権の大きさが想像できようかと思います。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション「衆議院委員会会議録 第14回帝国議会」 |
出典:国立国会図書館デジタルコレクション「衆議院委員会会議録 第14回帝国議会」 |
また、同じ特別委員会には、ここまで解説してきた改正案とは別に、決闘罪を廃止すべしというより過激な法案も付託されていました。
この決闘罪廃止法案のほうは、2月20日に委員会で審査が行われていますが、憲政党・持田直[もちだ・ちょく]議員の提案理由がこれまた物騒な穏やかならざるもので。
〇委員持田君
本案提出の理由を陳述せむに明治二十二年法律第三十四号は国民の志気を奮起し国家の元気を振興するに害あるのみならす相互の承諾上より成立したる格闘たるにも拘わらす其の殺傷したる者を罰するに他の破廉恥心より出てたる謀故殺罪を犯したるものと同一の刑を以て罰するか如きは実に非理不当の甚しきものなり之れ本案を提出したる所以なり
"決闘を処罰すると国民の志気と国家の元気を害する"って、ぉぃぉぃ……(; ・`д・´)
さすがにこの廃止法案は否決となりましたが、その理由というのも、
〇委員長木村君
本案提出者の意思は決闘罪なるものは他の破廉恥罪即ち謀故殺罪に比して大に恕[ゆる]すへく寧ろ罰せさるを可とすとの説も一理なきにあらすと雖[いえど]も若本法を廃せは以後決闘を為す者は刑法の各本条に依て罰せらるへく却て決闘処分に比し重刑を負はさるへからす果して然らは本案を提出したる理由毫[ごう]も貫徹すること能わさるのみならす、世上往々法律に暗き輩決闘罪処分法の廃止を聞き喜むて之を犯すときは社会の安寧秩序は何を以て維持することを得るや而して決闘罪は敢て酷刑を科すへき必要なきを以て既に本員外一名より現行決闘処分法(明治二十二年法律第三十四号)の改正案を提出し既に衆議院の議決を経たり故に本案は之を否決せむことを望む
廃止法案にも一理あるがとの前置き付きで、
(1)決闘罪を廃止すると、刑法が適用され却って重罪になるおそれがある(それを避けるために、決闘罪の処分を軽くする法案を前に可決しておいた)
(2)法律に暗い連中が喜んで決闘を始めるかも知れず、さすがにまずい
というものだったようです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション「衆議院委員会会議録 第14回帝国議会」 |
そういえば帝国議会時代の衆議院では日常的に実力行使の乱闘事件が起きていたとも聞きます。
議員自身がそんな調子ですから、「相互の承諾上より成立したる格闘」ならむしろ元気が宜しいといった、暴力容認の思想が蔓延していたのかも……((+_+))
このような背景をもって衆議院から提案された決闘罪処罰軽減法案が、政府の反対に遭い、貴族院の総スカンによって葬り去られたのも無理はないなあと個人的には思ってしまうのでした。
良い子の皆さん、決闘は犯罪です。絶対にやめましょう。
【続く】