図書館通いで速記録を調査――議員の論戦準備、戦前編
速記形式の会議録が国会議員にとって第一級の資料という事情は現在だけのことではなく、帝国議会の時代もまたしかり。
ここでは実例を1つだけ。1915年の衆議院委員会議録から、『第36回帝国議会 衆議院 明治四十五大正元年度予備金支出の件外十件(承諾を求むる件)委員会 第4号 大正4年6月4日』を掲出します。
齋藤隆夫委員(立憲同志会=当時の第二次大隈内閣与党)と、古谷久綱委員(立憲政友会=当時は野党)の論争中、どちらがより過去の議会審議の経緯に精通しているかを張り合う場面があり、両者の会議録マニアぶり、もとい勉強家ぶりが垣間見えます。
余談その1。
この委員会では、政府が行った予算超過・予算外支出(いわゆる「責任支出」)の事後承諾議案が焦点となっていますが、そちらに深入りする余裕がありませんので詳述は避けます。
もし興味がおありでしたら、『<論説>大正初期の「剰余金支出」問題 : 第二次大隈内閣期を中心として』(国分航士、『史林』2015年5月)をご参照さいませ。
余談その2。
この6月4日の委員会は、対政府の「質疑」ではなく(質疑は前回までの委員会で済んでいた)、委員同士が議案への賛否とその理由をぶつけ合う「討論」を行う場でした。
逐条的な審査を行っていることと合わせて、現在の国会には見られない委員会運営であり、議会制度史の観点からも学ぶ所がありそうです。
齋藤委員の発言① "違憲論は決着済み。過去の議論は議院の図書館で速記録をひもとけばわかる"
それでは本題。委員会議録の引用です。
若干長いですが、とりあえず下線+赤字の部分を拾って読んでいただければと思います。
まずは齋藤委員の発言。
「責任支出」違憲論を主張する委員(立憲国民党・野添宗三氏のこと)があるが、その議論はもう二十年来の議会審議で尽くされて決着済みだ、議院の図書室に行って速記録を読めばわかる(ここが重要)と言っています。
〇齋藤隆夫君
責任支出の憲法上の観察に付きまして議論が起って居ります、 [中略] 憲法を運用するところの議政道徳は、議会が一度与へたるところの解釈は容易に変更すべからずと云ふ義務を議会に向って命じて居ると思ふのであります、それ故に昨年解釈したるところをば本年は之を改める、又本年始めたる事例をば明年に於て之を打壊すと云ふことは、議政道徳の排斥するところである、殊に此責任支出の如きは明治二十四年以来の政府も議会もあらゆる議論を尽しまして、政府は之をば違憲に非ずと認め、議会も之を是認し、更に進んでは憲法制定の最高権力者も之を認めて、二十年以来動かすべからざる事例となり、解釈となって居るのであります、 [中略] 個人としては何れも意見はあります、併し是は個人の意見であって、国家の機関たる議会の意見ではない、殊に此議論は長い間議会に於て繰返されて居るところの議論でありまして、如何なる議論が現はれたと云ふことは、議院の図書室に行って速記録を繙[ひもと]きましたならば、其等の議論の上には最早黴[かび]が生えて居る、 [中略] 此事は最早議論は尽きて居る、議会に於て議論があるのみならず、二十年来の速記録に於て繰返されて居るから、是に対して意見を闘はすのは全く無用のことであると思ふ
出典:国立国会図書館「帝国議会会議録検索システム」、傍線・強調筆者(@kokkaipatrol) |
出典:国立国会図書館「帝国議会会議録検索システム」、傍線・強調筆者(@kokkaipatrol) |
古谷委員の反論 "与党諸君は野党時代に違憲論を唱えていた"
対して古谷委員、
①初期の議会では「責任支出」への異論が出ており、憲法解釈が定まっているというのは違うのではないか
②齋藤委員は憲法違反説の議論自体をすべきではないと言うが、現在与党の諸君が昨年までは野党として違憲説を唱えていたではないか
と反論を行います。
但し、古谷氏自身は「責任支出」違憲論者ではなさそうで、持論を述べる場面では、合憲であることを前提に、政府が行った支出の"中身"への批判から議案の一部を不承諾とすべきと主張されています。
〇古谷久綱君
[前略] 齋藤さんの御議論に依りますと、此委員会及本会議で憲法上の議論は一切しない方が宜い、其訳と云ふものは個人の議論はいろいろ違ったことがあるであらうけれども、此衆議院即ち憲法運用の機関たるところの帝国議会の一部の衆議院に於ては、もう既に明治二十四年以来定まった公の解釈があるのであるから、それに従はなければならぬと云ふ御話でありますが、私の調べましたところに依りますと、必ずしもさうではないやうであります、不承諾を唱へましたのも、第四第六議会の如き明かに不承諾を唱へて居るのであります、故に一定不変の解釈が公けの機関の上にあると云ふことを仰しやるのは、少し事実に違って居りはせぬかと考へるのであります、それから又もう一つ私は甚だ奇妙に感じますることは、私自身が唱へ出したことではありませぬが、今日野添さんから憲法違反論が出ましたに付て、此違反論はすべきものではないと云ふ御話でありますけれども、現に昨年の議会までは今日の政府与党の諸君が口を揃へて此違憲論を唱へて来たのであります、ここに委員となって御出になる御方でも其論を侃々諤々御述べになった御方は、御名前を指せば幾人もありますけれどもそれは控へますが、皆さん非常な御議論をなさって御出でなったのであります、 [後略]
齋藤委員の発言② "古谷君は毎日図書館に通って速記録を調べたと聞いたが……"
古谷委員の問い対して齋藤委員、まずは論敵・古谷氏の熱心な調査ぶりに敬意を表したうえで(ここが再び重要)、
①衆議院ではじめから憲法解釈が定まっていたわけではないが、議論を尽くした末に、第9議会で解釈が定まり、以降は定着している
②現与党の昨年までの違憲論については知らない。齋藤個人の見解はこれまで述べてきた通りで、衆議院という一機関がそう簡単に憲法解釈を変えるべきではない
との回答を行いました。
〇齋藤隆夫君
古谷君の質問に対して御答を致します、古谷君は聞くところに依ると、今度議員に当選せられたる以来、毎日本院の図書館に通ふて責任支出に関する速記録を初から終まで御調べになって居ると云ふことを聞きました、実に御熱心の程は感心致して居るのでありますが、私が最前申しましたところの二十年来一定したところの解釈と云ふことをば少し誤解になって居ると思ふ、私は此問題が明治二十四年に初めて議会に表はれた以来、議論がなかったとは言はないのであります、政府も議論をし、議会も議論をし、双方憲法上の議論を十分戦はせた末に於て此解釈が一定した、斯う云ふことを申して居るのであります、それをば議会の上に申しまするならば、第九議会まではいろいろの意見があったのである、 [中略] 委員会に於て否決し、本会に於て可決したと云ふやうな例があるが、第九議会に至って全く争議が一定して、政府も違憲にあらずと断じて、議会も之を是認して、それより今日に至るまで、此責任支出に付て憲法違反なりと云ふ理由を以て不承諾を与へたことは唯の一回もないのであります、此事を予め御承知あらんことを希望致します、それから次に昨年来政府与党の間に違憲論があった、是は本員の知るところではない、同志会が如何なる意見を唱へたか、中正会其他の人が如何なる意見を唱へたか、それは私の知るところではない、私自身の解釈としては、此問題は既に議会と云ふ憲法上の機関に依って一定して居る解釈であるから、容易に動かすべきものではない、之を動かすと云ふやうな寧ろ軽率なることは慎まなければならぬと云ふ私一己の意見でありますから、其点は誤解のないやうに願ひます
出典:国立国会図書館「帝国議会会議録検索システム」、傍線・強調筆者(@kokkaipatrol) |
齋藤氏や古谷氏が速記録を調査するために通ったという衆議院の図書館、想像するだけでワクワク致します(((o(*゚▽゚*)o)))
【続く】